新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

【番外編】鯛の九つ道具(その1)

マダイの中にあるマダイの形をした骨」即ち「鯛のタイ(=真鯛のマダイ)」の存在は、現存する様々な文献(後ほど(その2)で紹介する)から判断して江戸時代の文化〜文政年間(西暦1800年代前半)頃までには既に知られていたようである。興味深いことに、これらの古文献ではマダイの体内に「鯛のタイ」の他にも面白い形をした骨(もっと正確には「骨など」)が存在することが同時に述べられており、それらを総称して「鯛の九つ道具」という。骨の形を様々な道具などに見立てるという、昔の人達の素晴らしい想像力には全く感嘆する他ない。

筆者自身もごく最近まで知らなかったのだが、実はこれらの古文献の多くは国立国会図書館(および他の機関)によりデジタル化されており、専門サイトから誰でも閲覧可能となっている(ネット時代万歳!)。そこで本稿(その1)では「鯛の九つ道具」の実物写真を、また別エントリーとなる(その2)では「鯛の九つ道具」に関する記述を含み、かつ現時点でデジタル文書が閲覧可能な古文献を中心に簡単に紹介してみたい。

なお「鯛の九つ道具」や文献に関しては、本稿の執筆に当たり参考にさせて頂いた、東京大学総合研究博物館ニュース・Ouroboros 第15号『「魚名の由来」研究余話 ―鯛の九つ道具―』に良くまとめられているので是非ご覧頂きたい。また一部の骨の英名などに関しては、東京海洋大学・海洋科学部:羽曽部正豪氏の<デジタル実演生物学(ACU131)製作中 (1)>というサイト内の「加温熱固定法による「骨」の摘出と確認(マダイ)」のお世話になった。

さて上の写真は、三重県度会郡南伊勢町の相賀浦における釣りの獲物で、全長約45cmのマダイから摘出した「鯛の九つ道具」の内、後述する「鯛之福玉」を除く「八つ道具」の標本を並べたものである。以下にそれぞれの「名所」を解説する。

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1)鯛石(たいせき):扁平石(へんぺいせき lapillus)。平衡感覚に重要な3種類の耳石 otolith(礫石 sagitta・扁平石・星状石 asteriscus)の中で最大のもので、一般にこれを「耳石」とする。大西彬著「鯛のタイ」のp.122 L.2に”鯛石はまた「鯛の福玉」とも呼ばれ”との記述があるが、後述するように「鯛の福玉」は耳石/鯛石のことではないのでご注意頂きたい(著者の単なる勘違いか?)。

「耳石」の形も魚種により形やサイズにかなりのバリエーションがあり、本図鑑でも折に触れて紹介しているのはご存知の通り。ちなみに筆者の2012年7月時点での「記録」は、全長約50cmのアコウダイから摘出した約2cmが最大、全長約4cmのシラウオから顕微鏡を使って摘出した約0.36mmが最小である。

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2)鯛中鯛(たいちゅうのたい):肩甲骨(けんこうこつ scapula)と烏口骨(うこうこつ coracoid)が結合したもので、本図鑑が紹介している『魚のサカナ/鯛のタイ』そのもの。

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3)大龍(だいりゅう):前鋤骨(ぜんじょこつ prevomer)/上篩骨(じょうしこつ supraetbmoid)/側篩骨(そくしこつ lateral etbmoid; 1対ある)/副蝶形骨(ふくじょうけいこつ parasphenoid)が結合したもの。後述する『梅園魚品図正』では「鯛龍」と書かれている。写真左:左斜め前から観察。『龍』のように胴体部分が細長く伸びているのが分かる。写真右:前方から観察。この写真では分かりにくいが、神経の通る孔が丁度『眼』のように見える。実際の鯛の頭の中でもこの方向に配置し、背中の部分の両側に眼球が乗っているところをご想像頂きたい。つまり「カブト焼き」や「アラ煮」を作るために鯛の頭を半分に割ると「大龍」は真っ二つになってしまう。

ちなみに他の魚からも「大龍」の調製は可能で、写真下左は『ウーパールーパー』のように見えるケムシカジカの「大龍」の正面図、写真下右は、『骨川スネ夫氏の髪型』のように写真の正面右側部分だけが細長く伸びている(=左右対称ではない)ヤナギムシガレイの「大龍」である。


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4)鍬形 (くわかた):第1神経棘(だいいちしんけいきょく first neural spine)。真骨魚類では種によって第1神経棘が椎体と癒合したりしなかったりするそうだが、マダイは癒合しないタイプ。兜の正面に立てられた日本の角状の飾り金具「鍬形」に似ていることからの命名(「クワガタムシ」という名前もこの「鍬形」に由来するとのこと)。

ちなみに真骨魚類では、脊椎の上側(背側)を神経が、下側(腹側)を血管が縦走している(近年認知度が急上昇している活魚の締め方「神経抜き」で、針金やピアノ線などを脊椎の上部側に通して神経を破壊し、脊椎の下部側を包丁で切って血液を抜くのはそのためである)。故に脊椎上方の棘/突起を「神経棘」、下方を「血管棘」という。

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5)三ツ道具(みつどうぐ)(もしくは三骨):背鰭と結合していない3つの上神経棘(じょうしんけいきょく supraneural bones。後述する『竜宮舩』とそれを引用した『水族写真』の文章中ではそれぞれを「A: 鍬(くわ)、B: 鎌(かま)、C: 熊手(くまで)」としている。また上記した Ouroboros 第15号『「魚名の由来」研究余話 ―鯛の九つ道具―』にも掲載され、本稿の(その2)でも紹介する『養浩館魚類』内の「鯛の八つ道具」の図では、それぞれ 「A: 鎌(かま)、B: 鍬(くわ)、C: 斧(おの)」とし、また『梅園魚品図正』には図がないので確実ではないが、それぞれ「A: 鍬(くわ)、B: 鎌(かま)、C: 鋤(すき)」とみなしている模様。『魚貝能毒品物図考』では「鋤鍬の如き二つの骨」とあり、「三ツ道具」でなく「ニツ道具」になってしまっている。

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6)小龍(こりゅう):準下尾骨(じゅんかびこつ parhypural)で、龍の角に相当する部分は下尾骨側突起(左右1対ある)。写真は「小龍」を斜め横および正面から観察。写真上の方へ突き出した2本の部分は、角ではなく髭とされることもあるとのこと。

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7)竹馬(ちくば):第2尾鰭椎前椎体(だい2びきついぜんついたい second preural centrum) の血管棘 (けっかんきょく hemal spine)。小龍とほぼ同じ位置(少し頭側)に存在。竹馬とは、現在の「たけうま」ではなく、「竹馬の友」の語源であり、足の間に竹を挟んで走り乗馬を真似る中国の遊び/遊具の「竹馬(ちくば/ツウマー)」に由来するとのこと(詳しくはこちらを参照。何と後漢書に「竹馬」の記載があるらしい)。


以上の「七つ道具」は全てのマダイに存在するもの。そして筆者の経験上、以下に紹介する残り二つの『道具』は持っていない個体の方が圧倒的に多い。幸せを呼ぶという「鯛の九つ道具」をコンプリートするのは、やはり簡単ではないということか。

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8)鳴門骨(なるとほね):一部が肥大した脊椎骨の血管棘。上述の通り、全てのマダイが持っている訳ではない。少々あやしいところもあるが、(その2)で後述する江戸時代の文献によれば、鳴門骨を持つマダイを「瘤鯛(こぶだい)」(ただし現代の標準和名コブダイとは全く関係ない)と呼んだこともあったようで、流れが急な鳴門海峡を泳ぐと生じると考えられていたようだが、実際は鳴門海峡付近ではない海域で捕獲されたマダイにも存在する(上述したように写真上は三重県度会郡南伊勢町産の個体から、また写真下は大分県佐賀関産の「関たい」から摘出したもの。『瘤』の大きさにはバラつきがあることにご注目)。写真上右は写真上左の「鳴門骨」を裏側から見たもの。『瘤』の生成が血管棘に対して必ずしも左右対称ではないことが分かる。ちなみに「水産食品の寄生虫検索データベース」によれば、「鳴門骨」は病理学的には良性の骨腫であると考えられているとのこと。


そして、九つ目の『道具』はマダイの骨ではなく、実際はマダイの口の中に寄生する甲殻類生物である。

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9)鯛之福玉(たいのふくだま)(その2)で紹介する「随観写真」およびそれを写した「水族写真鯛部」によれば「鯛の咽虱(のどしらみ)」とも呼ばれ、長州辺りでは鯛自体と同様に賞味されていたとのこと【注】。上の写真は、筆者の父親が2011年秋に三重県度会郡南伊勢町の神前浦で釣ってきたマダイの口腔内に「夫婦」で間借りしていたタイノエ(漢字では「鯛の餌」。実際には鯛の方が「餌」になっているようなものだが、、、)なので、正真正銘の「鯛之福玉」。写真はより大型になる雌の個体のもの。腹側にはマンカ幼生がはち切れんばかりに詰まっていたが、写真の掲載は一応自粛。この標本では尾部が少々欠けてしまったのが残念である。

ちなみに「タイノエ」は標準和名。ダンゴムシ/ワラジムシ/フナムシダイオウグソクムシなどと同じ甲殻亜門軟甲綱等脚目に属する生物で、学名は Rhexanella verrucosa (Schioedte and Meinert)。サヨリの鰓に高確率で寄生しているサヨリヤドリムシ Mothocya sajori Bruce も属は異なるが当然お仲間である。タイノエに関してより詳しく知りたい方は、「水産食品の寄生虫検索データベース」の「タイノエ」のエントリー、および2004年の広島大FSC報告「瀬戸内海のウオノエ科魚類寄生虫」(PDFはこちらのページからダウンロード可能)をご参照頂きたい。

【注】2010年に『タイノエの空揚げは美味しい』という内容の記事が毎日新聞.jpに掲載された。同サイトでの掲載期間は既に終了しているが、”魚の寄生虫:「いける味」”でネット検索すれば記事本文を読むことはできるはず。


「鯛の九つ道具」自体の紹介および解説はこれにて完。(その2)に続く。