新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

86: ワラスボ

スズキ目ハゼ亜目ハゼ科ワラスボ属
学名:Odontamblyopus rubicundus (Hamilton)
英名:Green eel goby [原], Rubicundus eelgoby

有明の地方名として、どうきゅう/どんきゅ/すぼ/すぼたろう/じんきち等があるとのこと。福岡県柳川市有明海)産の全長約30cmの活け〆個体から摘出した左右の「魚のサカナ」。写真右は、写真左の右側の標本の拡大図。「藁素坊/藁苞のワラスボ」は、巨大な射出骨の下に極薄の肩甲骨が貼り付いているという点でハゼ科の「魚のサカナ」の基本形であるとは言えるが、全体として見ると独特な形状。ちなみに筆者の心の中にはロバート・フック著『ミクログラフィア/顕微鏡図譜』に収録されている有名な『ノミ』の図が浮かんだ。第4射出骨の後端には骨梁がギザギザに飛び出し、その下から後方に伸びた細長い三角形の部分が烏口骨。この標本では第2/第3射出骨の間に小孔が2つ存在する。

「魚のサカナ」前縁部を、肩甲骨部分を中心に拡大したもの。細長い肩甲骨孔(赤丸)が確認できる。

ワラスボは、日本ではほぼ有明海特産(=八代海には現在では分布していないと考えられている)の魚。干潟の泥の中に生息しているため、先端が鉤になった道具「すぼかき」で泥の中をひっかき回してワラスボを引っ掛ける「すぼかき漁」や、「あんこう網」(参考資料のPDFはこちらこちらからダウンロード可能)などで漁獲されているとのこと。ちなみに環境省レッドリストでは絶滅危惧II類(VU)に、また長崎県では絶滅危惧I類、熊本県では要注目種に指定されている(日本のレッドデータ検索システム「ワラスボ」を参照。)が、ハゼクチと同様に、今のところ特に禁漁期や漁獲制限は設けられていない。また主要な生息域の一つであった諫早湾奥部は「例の干拓」のために消滅してしまったとのこと(こちらを参照)。



「日本産魚類検索 全種の同定 第2版」を開き、1)体側に側線はない、2)下顎先端は円錐状に突出しない(写真上段左右)、3)背鰭は1基で、基底は長く、前方の棘状部と後方の軟条部の間に切れ込みがない(写真中段左)、4)尾柄部は極端に細くならない(写真中段右)、5)背鰭起点は体の前半にある(写真中段左)、6)背鰭棘数は6(写真中段左/緑四角以降は先端が分枝した軟条である)、7)背鰭/臀鰭と尾鰭はつながる(写真中段右)、8)鰓蓋上部に凹みがない(写真上段左の赤丸)、9)下顎にひげがない(写真上段右)、10)口は大きく歯が口から出る(写真下段左)などの形質からワラスボであると判断。全体形からはとてもハゼの仲間には見えないが、本稿で紹介した「魚のサカナ」の形や吸盤状の胸鰭(写真下段右)などを見ると確かにハゼ科の魚であることが分かる。

ワラスボの眼は退化的で、著しく小さい(写真下右の赤丸)。

2012年3月末に、職場の歓送会用に福岡県柳川市の「夜明茶屋」から活けの個体を発送直前に〆てもらって取り寄せたもの(当日は150円/匹)。今回は刺身、塩焼き、煮付けに(ただし汽水域のかなり上流にまで入る魚なので寄生虫の恐れはゼロではない。生食する場合は自己責任で)。刺身にすると、赤っぽい柔らかめの身。薄く細長い体型(写真下)のため、可食部は少ないが、咀嚼していると旨味甘味を確かに感じる(ただし処理後の時間経過とともに味が暈けてしまったような印象も)。また、いわゆる『泥臭さ』はほとんど感じなかった。塩焼きも味は悪くないが、骨の回りの薄い身(身離れは良くない)をこそげ取る感じで食べなくてはならない。また少々水っぽさも感じた。決して不味くはないが、やはり「珍味」として扱うべきか。煮付けも当然食べられる肉は少ないが、ワラスボの味の良さを一番素直に感じた。これはなかなかの美味。


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写真左は、本『図鑑』開設当初に紹介していた、有明海産の「ワラスボの干物」から摘出した「魚のサカナ」(2010年5月撮影)。この干物はまるで『ミイラ』のようにカチカチに乾いており(写真下)、こびり付いた筋肉の除去がかなり困難であったが、改めて見返すと肩甲骨部分が欠損していることが分かる。本稿頭で紹介した鮮魚から摘出した標本よりも、射出骨に開いた孔の数が多い。写真右は、標本を摘出したワラスボの干物の顔のアップ。ネットなどでも良く見掛ける言い回しだが、乾燥した状態ではまさに「エイリアン」のように見える。ただし、これを木槌などで叩いてから軽く炙ってやると、多少のクセはあるものの、まるで昆布のような旨味があってかなり美味い(ということで、ワラスボは生鮮よりも干物の方がおススメである)。ちなみに長崎県の島原地方に伝わる郷土料理「六兵衛」(サツマイモの粉末から作った麺料理)は、昔はワラスボの干物で出汁を取っていたとのこと。

【注】2000年発行の「日本産魚類検索」(中坊編)では、Taenioides rubicundus (Hamilton) となっているが、2012年8月現在この学名は FishBase ではシニアシノニム扱い。