新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

194: セミホウボウ

スズキ目セミホウボウ亜目セミホウボウ科セミホウボウ属注1
学名:Dactyloptena orientalis (Cuvier)
英名:Purple flying gurnard [原], Oriental flying gurnard, Common helmet gurnard, Brown flying gurnard, Oriental searobin, Indo-Pacific flying gurnard

愛知県一色漁港産シリーズ第2弾の第10回にして最終回。体長約25cmの個体から射出骨付きで摘出した左右の標本。肩甲骨と烏口骨の境目は明瞭で、「魚のサカナ」の基本形こそ外してはいないと言えるが、これまで手にしてきたどの目/亜目/科の「魚のサカナ」とも明確な共通点が見出せないという意味では非常に独特の形。比較的骨の厚みはあるのだが、「魚のサカナ」全体の形としてはほっそりとした印象を受けてしまう。射出骨は段階的に大きくなり、特に後方のものは軟骨部分が大きいために、まるで『棍棒』のようにも見える。肩甲骨は横側から見る限り比較的「普通」な印象だが、肩甲骨の先端部が『角』のように盛り上がっている(写真下参照)。肩甲骨孔は大きめ。烏口骨本体の下部後端には突出した部分があり、また『嘴』部分はアーチ状に長く伸びる。

様々な特徴の中でも、最も独特なのは烏口骨上方の突起部(『背鰭』部分)が1枚でなく2枚(1対)になっていること(写真左の赤矢印)。このような特徴を持った「魚のサカナ」は、これまで約200種見てきた中で初登場注2。特に射出骨を外した「蝉魴鮄のセミホウボウ」(写真右)を初めて見た時には、サイの頭部や恐竜のディロフォサウルスの頭部復元図が頭に浮かんだほど。ちなみに写真右の標本は、別個体から摘出したもの。擬鎖骨から外す時に烏口骨本体下部の突出部分が失われて(=擬鎖骨側にくっついて)しまったが、全体的な形は理解しやすいと思う。

上2つの標本は、また別の個体から擬鎖骨(左は射出骨も)付きで摘出したもの。写真左はアルコール処理&乾燥前で、この骨の固まりが本来ある位置(実際にはもう少し写真右側を斜め上にズラした感じだが)に置いた右側の標本。左方向が頭部、右方向が尾部、写真上が体の外側、下が内側、写真手前が背側になる。写真右端に見える射出骨の先に、少し斜め上を向く方向で巨大な胸鰭の軟条が結合する。この写真では肩甲骨孔が擬鎖骨の端から半分だけ見えている。また写真右はアルコール処理&乾燥後に、同じく右側の標本を腹側の斜め前側から(「魚のサカナ」的には斜め後から)観察したところ。写真の奥が背側、右が頭部方向。蝶の翅のようにほぼ三角形で平面状に広がった擬鎖骨に、「蝉魴鮄のセミホウボウ」が垂直に立ち上がった状態で結合しているのが良く分かる。また上記した烏口骨上方の突起が1つでなく2つあることもはっきり分かるはず。

今回標本を取り出した個体の内の1匹。写真左は横側から、写真右は胸鰭を広げた状態で上側から見たところ。

日本近海に生息するセミホウボウ科の魚は4種類のみ注3。今回の魚は、1)後頭部の長い遊離棘と棘条背鰭の間に短い遊離棘がある(写真左の赤丸)こと、2)吻が比較的長く、臀鰭に黒斑がある(写真右の青丸)ことからセミホウボウであると判断。また名前に「ホウボウ」と付くが、最近の研究結果によればカサゴカサゴ亜目に属する標準和名ホウボウなどと、またカサゴ目全体ともあまり類縁関係がないという結論に落ち着きそうな雰囲気である(下の【注】と【追記】を参照)。

これも一色漁港にある「三河一色さかな村」で購入(ほぼ同じサイズのセミホウボウばかり6匹盛られて300円だった)。尾柄近くにある数枚の大きな骨板と、骨板の様に体全体を覆っている鱗の処理に手間取ったが、頭を落とし、背鰭/臀鰭の両側に沿ってキッチンバサミで尾鰭手前まで切れ目を入れ、頭側から表皮をバリバリ剥がしてしまうのが恐らく最良の方法(それでも指先はボロボロになったが)。今回の魚はかなり新鮮だったので刺身と唐揚げに。刺身では、旨味はそこそこ感じられるものの身が柔らかめで独特の「クセ」も少なからずある。食えないことはないがさほど美味いものでもないというのが個人的な感想(ただしネット検索で散見される「酸味」のようなものは個人的には感じなかった。鮮度の、もしくは単なる表現の問題か?)。唐揚げにするとこの「クセ」が消え、旨味も立つため普通に美味。刺身は「何これ?」と一切れしか食べなかった家族にも、唐揚げの方は「美味い」と好評だった。

本当に独特の外見です。


【注1】「新訂原色魚類大圖鑑」の本編(図表)では、セミホウボウ目セミホウボウ科セミホウボウ属として掲載している。実際 J.S. Nelson著の「Fish of the World Fourth Edition」(2006) のセミホウボウ亜目の説明文(pp.319)にも、この亜目の系統学的位置に関してははっきりしていない旨が明記されている。

【注2】こういうことがあるから、まだまだこの『趣味』は止められない。

【注3】「日本産魚類検索」などでは3種類だが、2003年に出版された以下の論文で、土佐湾からのトンガリセミホウボウ(Dactyloptena tiltoni Eschmeyer)が報告され、日本近海に生息するセミホウボウ科の魚は4種となった(リンク先から全文PDFのダウンロード可能)。
Sato, Endo, Nakabo and Machida (2003) Species Diversity 8: 391-397.


【追記】以前アカヤガラのエントリーをアップした時に、全ミトコンドリアゲノム配列を用いた系統解析で、現在はカサゴ目に入れられているセミホウボウ亜目のセミホウボウやホシセミホウボウが、トゲウオ目ヨウジウオ亜目のアオヤガラヘラヤガラに最も近縁であることを示唆する結果が得られていることを<追加情報>として紹介した。また同様の姉妹群関係は別のグループからの論文でも既に示唆されていたことがその後に判明(Chen, W.J. et al. Mol Phylogenet Evol. 2003 26:262-288 (2003), Smith, W.L. and Wheeler, W.C.. Mol Phylogene Evol. 32:627-646 (2004))。ということで、今回手に入れたセミホウボウの外形態や「魚のサカナ」の形から、この姉妹群関係を支持するものがあるかどうかを確認することも楽しみの一つであった。結果的には、セミホウボウの尾柄部(および体表全体)にもアカヤガラで見られるような『骨板』が存在していることは確認できたものの(写真下の緑丸)、素人レベルでは「魚のサカナ」の形も含め両者が類縁関係にあることを示す「何か」を見つけることは出来なかった(強いて挙げれば「両者とも射出骨が長い」くらいだが、こんな形質は他の魚種間でも普通に見られるので意味はない)。

ただし、上記した Smith and Wheeler (2004)の論文の Discussion を読むと、1978年に顎の形態と最初の3つの脊椎が融合していることからこの姉妹群関係を提案した論文(Pietsch, T.W., Evolutionary relationships of the sea moths (Teleostei: Pegasidae) with a classification of gasterosteiform families. Copeia 1978, 517-529 (1978))が出版されているらしい。近い内に是非読んでみたい。

(2/17/11 改稿)