新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

364: イスズミ

スズキ目スズキ亜目イスズミ科イスズミ属
学名:Kyphosus vaigiensis (Quoy and Gaimard)
英名:Large-tailed drummer [原], Brassy chub, Blue sea chub, Brassy drummer, Brassy rudderfish, Long-finned drummer, Lowfin rudderfish

地方名ひちくろ(五島)、いずすみ(全国)、ごくらくめじな(和名として使われたこともあるとか)、きんしち(金七/伊豆大島)、くろばんちょ(能登/イスズミ属の総称)、きつうお(高知)、しちゅー(沖縄:メジナとの混称)、うんこたれ/ばばたれ(近畿地方)など。

今回紹介するのは、神奈川県小田原産の全長約21cmの個体から摘出した左右の「魚のサカナ」。写真右は、写真左の左側の標本を反対側から拡大して観察したもの。本『図鑑』にイスズミ科の魚が登場するのは初となるが、「伊寿墨/伊須墨のイスズミ」は、直感的にもイスズミと近縁(慣れていない釣り人などがしばしば混同してしまうのはご承知の通り)であることが明らかなメジナ科(メジナクロメジナ)の「魚のサカナ」とやはり良く似た雰囲気を持っている。また「烏口骨本体下方後縁が突出(筆者にはイルカやサメの胸鰭のように見える)し、そこから『スカート/カーテン』様の構造が広がり、これが『嘴』部と結合した末端部には『嘴』部を縦走するキール部分の先端が突き出る」という特徴は、タカベ科(日本産はタカベ1種のみ)、カゴカキダイ科(日本産はカゴカキダイ1種のみ)、更にはイシダイ科(日本産はイシダイイシガキダイの2種のみ)の「魚のサカナ」にも共通して観察されるもの。

実際、研究の世界からは長年にわたりイスズミ/メジナ/タカベ/カゴカキダイなどの類縁関係が示唆されており、Nelsonの「Fishes of the World Fourth Edition」(2006)では、イスズミ亜科/メジナ亜科/タカベ亜科/カゴカキダイ亜科/Parascorpidinae亜科の5亜科をまとめて「イスズミ科 Family Kyphosidae」としている(ただし、この「イスズミ科」の単系統性はまだ確定していない旨も明記)。また同書にも引用されている、2002年に報告されたミトコンドリアのNADHデヒドロゲナーゼのサブユニット2のDNA配列を用いた系統解析【参考文献1】の結果では、タカベ科/イシダイ科/イスズミ科/ユゴイ科/カゴカキダイ科/イスズミ科の魚が確かに近縁であることが示されており(とはいうものの、その系統的な「らしさ」は比較的低いため、それぞれを別々の「科」として扱うのが適当であろうと結論しているが)、これらの「魚のサカナ」の形状が似ているのも「なるほど納得」といったところである。

写真上は、本『図鑑』でこれまで紹介してきた「Nelsonによる”イスズミ科”」(とシマイサキ科)に含まれる「魚のサカナ」を【参考文献1】中の系統樹(ちなみにNJおよびMLとも分岐パターンは同じ)に合わせて並べてみたもの(上の「系統樹」の枝の長さは、実際の結果を反映していないのでご注意)。これらの「魚のサカナ」(シマイサキのものを除く)の全体的な形状が良く似ていることにご注目。ここまで来ると、論文中の系統樹でイスズミ科とカゴカキダイ科の間に位置しているとされるユゴイ科の「魚のサカナ」は是非とも見てみたいところ。



イスズミ科の魚は、両顎の外側の列の歯が単尖頭であること、背鰭棘が10~11であることで、体型の良く似たメジナ科の魚(歯は三尖頭で、背鰭棘は14~15)と区別できる【追加情報】。『日本産魚類検索 第2版』のイスズミ科の検索キーを辿り、1)体は高く、尾柄は短い、2)体の側面には多くのオリーブ色の細い線がある(写真下左)、3)背鰭は11棘14軟条(写真下段左の赤点)、臀鰭は3棘13軟条(写真下段右の赤点)などの形質からイスズミであると判断。また『新訂原色魚類大圖鑑』のイスズミの項に記載されている、4)吻が短く先端は鈍い(写真中段左)、5)口は短く両顎は同長(写真中段左)、6)全鋤骨に歯、前鰓蓋骨縁は細かい鋸歯状、7)尾鰭後縁は湾入(写真下右)、8)吻以外の頭部、背鰭、臀鰭は鱗に被われる(写真中段左、写真下段左右)、9)腹鰭/背鰭/臀鰭は暗色(写真下段左右)などの形質も確認した。更にこの個体の第1鰓弓鰓耙数は 31 (9+22)で、この形質もイスズミであることと矛盾しない(ちなみにテンジクイサキでは26~31、ノトイスズミでは21~24、ミナミイスズミでは26~29である【参考文献2】)。

2012年11月に八王子総合卸売センター内、高野水産で購入(当日はキロ500円/0.14kg)。見るからに新鮮な個体であったが、価格からすればやはり『雑魚』扱い。魚体の処理をしている時には腑から悪名高き『磯臭さ』が漂ってきたが、この部分を取り除いてしまった後は臭みは全く感じなかった。鱗は結構飛び散る。身の色は多少黒っぽく、メジナ類のものに良く似た印象。腹膜は真っ黒。まずは一部を生で試食。身質は期待以上に良く、旨味甘味もしっかり感じる。なかなかの美味。残りは開いて干物に。しっかりした身で、旨味が何故か「まずまず」くらいに落ちてしまったが、少なくともほとんど臭みはない(ニザダイの開きで苦労したのとは大違い)。磯釣り師には大変嫌われている魚ではあるが、今回の個体に限って話をすれば、普通に美味しく食べられた。


【追加情報】イスズミ科のイスズミでは、両顎の外側の列の歯が単尖頭(歯先の山は一つ)であるのに対して、メジナ科のメジナ/クロメジナでは、歯は三尖頭(歯先が三つ又になっている)。またメジナの顎には歯が2~3列並ぶが、クロメジナではほぼ1列のみ。また今回のイスズミの背鰭棘は11(10~11)であったが、体型の良く似たメジナ科の2種では14~15であることにより区別可能。

イスズミ
メジナ
クロメジナ
全体像
背鰭棘


【参考文献】
1. Yagishita, N., Kobayashi, T., and Nakabo, T.. Review of monophyly of the Kyphosidae (sensu Nelson, 1994), inferred from the mitochondrial ND2 gene. Ichthyol. Res. 49: 103–108 (2002). PDF

2. 坂井 恵一、「日本のイスズミ属魚類」、「能登の海中林(のと海洋ふれあいセンターだより)」 2004年3月 第20号 PDF