新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

152: アカヤガラ

トゲウオ目ヨウジウオ亜目ヘラヤガラ上科ヤガラ科ヤガラ属注1
学名:Fistularia petimba Lacepède
英名:Smooth flutemouth [原], Red cornetfish, Deep-sea flute-mouth, Rough flutemouth, Serrate cornetfish, Serrate flutemouth, Trumpetfish, Pipefish, Flutemouth

愛媛産の体長約70cm(尾鰭中央の軟条が長く伸びた針状構造を除いた長さ)の鮮魚から摘出、、、したまでは良かったのだが、空を飛ぶ「龍」の様にも見える、とにかく非常に独特な形の「魚のサカナ」の出現に文字通り頭を抱えてしまった。その形状、胸鰭の軟条が結合している事、および根元に骨の境目がある事から3個の射出骨は容易に同定できるのだが、1)どこまでが肩甲骨でどこからが烏口骨なのか?、2)肩甲骨と擬鎖骨の境目はどこなのか?(上の写真の骨には位置的に擬鎖骨も付いているはずなので)、3)そもそも後方にヘラ状に伸びた長い骨は烏口骨なのか?それとも全く別の骨なのか?など疑問だらけ、、、

ということで、ネット上でアクセスできる色々な資料注2を当たってみた結果、どうやら後方にヘラ状に伸びた骨が烏口骨(あるいはその一部)ということはほぼ確定。また文献2にある「外側では擬鎖骨が肩甲骨の表面を覆い、肩甲骨孔を境界付けている」および「烏口骨の中間部に擬鎖骨との結合部あり」という記載と、写真右上の左側にあるコンパスのような骨の上下部に他の骨との明瞭な結合部が存在することから判断すると、この「コンパス」の部分が擬鎖骨に相当する模様。あとは残りの部分全体を肩甲骨とみなすか、文献1、2、5に記載されているようにこの部分を肩甲骨と烏口骨に分けるか、ということになる訳だが、筆者の個人的な印象では、どうしてもこの部分が2つの骨から出来ている(確かに中央部に極細の「筋」というか「血管」のようなものはあるが)ようには見えないのだが、、、また肩甲骨の先端の胸鰭軟条に隣接したところに小孔の開いた小骨がへばりついているが、文献1の記載を信じればこれも射出骨となる(つまり射出骨は計4個ということ)。これまで摘出した「魚のサカナ」に結合していた射出骨数は「4」が基本であったので、筆者自身もこの考えには同意。ちなみにアカヤガラには、背中側にも平たいヘラ状の骨が存在するのだが、どうやらこれは後擬鎖骨であるらしい。

骨を90度回転させて想像力を働かせると、実はこれまでに「見慣れた形」に近いものを見ることが出来る。つまりヘラ状の巨大な骨は、烏口骨上部の突起が非常に拡大したものとも考えられないだろうか。

 

赤色が肩甲骨(肩甲骨孔は赤丸で示した)、緑色が烏口骨、黄色が擬鎖骨、淡紫色が射出骨を示す。左は文献1、2、5の記載を参考に色分けしたもの、右は中央部分全体を肩甲骨とみなして色分けしたものである。さてどちらがより「らしく」見えるだろうか?

、、、と色々書いて来たが、今回の参考文献はほとんどが100年近く前のものであり、現在ではどのように考えられているのか、もし詳しい方がいらっしゃいましたら是非情報をお寄せください。宜しくお願いします。



ただでさえ細長い体から管状かつ少々「受け口」の口が更に細長く伸び、また尾鰭の中央部からも針状の長い突起が伸びるという、ご覧の通り余りにも「個性的」な外形。ちなみに赤い表皮にはほとんど鱗がない。

日本近海にはヤガラ属の魚は2種しか生息しておらず、もう1種が体色が青い「アオヤガラ」であるため同定は容易。両者を見分けるその他の形質として、アカヤガラでは両眼間隔が凹む(写真左)こと、尾鰭近くにある側線鱗に後ろ向きの棘がある(写真右)ことが挙げられる。

今回の個体は御徒町「吉池」で購入したもの。刺身、塩焼き、潮汁、お茶漬け(ご飯に刺身を乗せて潮汁をかけたもの)で食したが、どれもこれも文字通り「言葉を失う」ほどの美味。全く嫌みのない非常に上品な旨味がたっぷりで、キメの細かい身質も全く文句なし。皮を付けたまま塩焼きにした時に独特の風味が出るが、これも非常に食欲をそそる。また潮汁もほとんど濁りのない素晴らしいもの。今回の魚は、漁獲時に網に当たったのか、ほんの一部だけ体表が傷ついたところがあったが、そのおかげ(?)か非常に安価でキロ1000円相当(まあ体の約1/3が「頭部」なので、実質キロ1500円位と考えることもできるが)。写真のサイズを2匹購入して1000円行かず、この最高の味を満喫できるなんて「お買い得過ぎる」というのが我が家の共通見解。

コルネットやらフルートやら「楽器系」の英名が多いのも楽しい。


注1:「日本産魚類検索 全種の同定 第2版」や「新訂原色魚類大圖鑑」では、トゲウオ目ヨウジウオ亜目ヤガラ科になっている。

注2:今回参考にした文献は以下の通り:

i) Edwin Chapin Starks, The shoulder girdle and characteristic osteology of the Hemibranchiate fishes. Proc. U. S. Nat. Mus. 21: 619-634 (1902). - 既に著作権の切れた文献で、リンク先からPDFなどをダウンロードして閲覧可能。ファイルの内、p. 619(書籍のページ番号、以下同)からが本論文。スキャンの質が良くないので非常に読みにくいが、内容的にはこれが一番参考になった。アカヤガラの「魚のサカナ」のイラスト(Fig.4)と説明はp.630から。ちなみに論文中の語句で、"hypercoracoid"が現在の肩甲骨"scapula"に、"hypocoracoid"が烏口骨"coracoid"に対応している。

ii) "The Primary Shoulder Girdle of the Bony Fishes" / Edwin Chapin Starks (1930). - 閲覧可能なのは一部のみだが、p.45-46(書籍のページ番号、以下同)に Fistularia sp. の肩甲骨/烏口骨/擬鎖骨に関する記載(文献1の内容に加筆したもの)あり。

iii) Yohko Takata and Kunio Sasaki, Branchial structures in the Gasterosteiformes, with special reference to myology and phylogenetic implications. Ichthyol. Res. 52: 33–49 (2005). - Fig. 7Eから擬鎖骨 (cle) より前方に突き出した部分(「龍の口」に相当)が烏口骨 (cr) の一部である事が分かる(この論文のPDFのダウンロードには要アクセス権)。

iv) "A guide to the study of fishes" / David Starr Jordan (1905). - 既に著作権の切れた文献で、リンク先からPDFなどをダウンロードして閲覧可能。p. 227-228にアカヤガラの「魚のサカナ」のイラスト (Fig. 181) と、ヤガラ属の烏口骨に関する記載あり(文献1があれば不要かも)。

v) "Fish Skulls - A Study of the Evolution of Natural Mechanisms" / William King Gregory (1933). - 既に著作権の切れた文献で、リンク先からPDFなどをダウンロードして閲覧可能。p. 225-226Fistularia sp. の頭骨に関する記載と、Fistularia sp.の頭骨のイラスト(Fig. 105/1910年出版の Hector Frederik Estrup Jungersen の論文に記載された内容を再構成したもの)がある。烏口骨 (cor) とラベルされた位置には少々疑問符が付くが(本文参照)、少なくとも後方に伸びたヘラ状の部分が烏口骨の一部として認識されていたことは確認できる。

<追加情報> 参考文献を探していた時に引っ掛かって来た以下の論文(現在トゲウオ目に分類されている魚11科を含む75種類の硬骨魚類の全ミトコンドリア染色体配列を系統解析したもの/ダウンロードには要アクセス権)によると、現在トゲウオ目に分類されている魚達は棘鰭上目内で3つの異なった枝(ヨウジウオ亜目/トゲウオ亜目/インドストムス科)に分かれる、即ちトゲウオ亜目は単系統ではないらしい。また彼らが最尤法 (maximum likelihood method)で描いた系統樹は、現在カサゴセミホウボウ亜目セミホウボウ科セミホウボウ属に分類されているセミホウボウやホシセミホウボウが、ヨウジウオ亜目と同じ枝に入り、アオヤガラ(ヨウジウオ亜目ヘラヤガラ上科ヤガラ科)やヘラヤガラ(ヨウジウオ亜目ヘラヤガラ上科ヘラヤガラ科)に最も近縁であるらしいという、まさに驚くべき結果となっている。このデータが正しいかどうかは時間が判断することになると思うが、魚の分類の世界は「大どんでん返し」が起こりうるみたいで本当に面白いなぁ(けど大変そうだなぁ)、、、と思った次第。

Ryouka Kawahara, Masaki Miya, Kohji Mabuchi, Sébastien Lavoué, Jun G. Inoue, Takashi P. Satoh, Akira Kawaguchi and Mutsumi Nishida, Interrelationships of the 11 gasterosteiform families (sticklebacks, pipefishes, and their relatives): A new perspective based on whole mitogenome sequences from 75 higher teleosts. Molecular Phylogenetics and Evolution 46: 224–236 (2008)