新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

356: トミヨ(トミヨ属淡水型)

トゲウオ目トゲウオ亜目トゲウオ科トミヨ属
学名:Pungitius sinensis (Guichenot)【注】
英名:Amur stickleback, Ninespine stickleback, Amur ninespine stickleback, Amur nine-spined stickleback, Chinese stickleback(『新訂原色魚類大圖鑑』に英名表記なし)

地方名とげそ(新潟県)、はりんこ(石川県)、はりざっこ(秋田県)など。青森県産の全長約5.5cmの個体から摘出した「魚のサカナ」。写真からも明らかなように、左右5~6mmの小さな標本で、上部には比較的小型の射出骨が4つ結合している。全体の形状と大きな肩甲骨孔が「可愛らしい」印象を与える。

写真上の右側の標本を拡大して両側から観察。「富魚/止水魚のトミヨ」の形状は、これまでに紹介したトゲウオ目の魚であるアカヤガラアオヤガラの「魚のサカナ」とも大きく異なる、文字通り「独特」なもの(筆者の頭の中には「ウル○ラマン」に出てきたとある怪獣が浮かんだ)。

ただし、近年の系統学的解析からは、現在の分類における「トゲウオ目」は単系統ではなく、棘鰭上目内で3つの異なった位置(ヨウジウオ亜目/トゲウオ亜目/インドストムス科)に明確に分かれること、およびトミヨの仲間が含まれる「トゲウオ亜目(シワイカナゴ科/クダヤガラ科/トゲウオ科)」は、ヤガラの仲間が含まれる「ヨウジウオ亜目」よりも、「スズキ目ゲンゲ亜目」(ゲンゲ科やニシキギンポ科)により近縁であることが示唆されており【参考文献7】、ヤガラ類とトミヨの「魚のサカナ」が似ていないのは当然であるとも言える(もっともスズキ目ゲンゲ亜目の「魚のサカナ」にもほとんど似ていないのだが、、、)。

烏口骨本体の後部下端は「魚のサカナ」の作る面と垂直方向に幅広になっており、例えるならば『琴柱(ことじ)』のよう。ただし、この部分が擬鎖骨と結合していたかどうかは未確認。また『背鰭』から『嘴』部分にかけて、骨の内部に密集した粒状の模様が見える。



従来日本産トミヨ属魚類は、鱗板列の連続性などの形態的特徴に基づきトミヨ、イバラトミヨ(別名キタノトミヨ)、エゾトミヨ、ムサシトミヨ、および絶滅種のミナミトミヨに分類されていた。この分類に基づく「日本産魚類検索 第2版」のトゲウオ科の同定の『鍵』を辿ると、1)背鰭棘は9本(7本以上/写真中段右)、2)体側の鱗板は体前部から尾柄部まで連続する(写真下段左の赤矢印/エゾトミヨ・イバラトミヨ・ムサシトミヨでは体側の鱗板は体前部または尾柄部に限られる)、3)背鰭・臀鰭・腹鰭の棘の鰭膜は透明(写真下段右の赤四角/ミナミトミヨでは鰭膜が黒い)などの形質から、本稿の魚は「トミヨ」であると判断できる。

ところが、近年のアロザイム分析や系統学的解析【参考文献1−4】の結果、トミヨおよびイバラトミヨを見分けるための表徴形質とされていた「鱗板列形態の相違」は、実際は「種内多型」であったため分類に使えないことが判明し、遺伝学的には I)北海道北部、東部、石狩川流域およびサハリンに不連続に分布する「エゾトミヨ」(背中のトゲが10〜13本で、その長さはイバラトミヨ/トミヨの各型のものに比べて短い)と、かつてはトミヨ・イバラトミヨとされていた、II)北海道東部太平洋岸の河川の下流域のみに生息する(つまり本州には分布しない)「トミヨ属汽水型」、III)秋田県雄物川(おものがわ)水系や山形県天童市にのみ生息する「トミヨ属雄物型」、IV)上記2型よりも広い地域に分布する「トミヨ属淡水型」(ちなみにムサシトミヨは遺伝学的にはこの型に含まれるとのこと)の4グループに分けられることが明らかになった。また「トミヨ属雄物型」と「トミヨ属淡水型」は形態的に良く似ており、また一部地域では同所的に分布する地点もあるものの、背鰭棘鰭膜が「雄物型」では黒色であるのに対し「淡水型」では透明であることで識別できるとのこと。

今回の個体は、i)背鰭棘鰭膜が透明、ii)青森県産、iii)同じ「パック」の中にオタマジャクシ(=基本的に汽水域では生きられない)が2匹も紛れ込んでいたなどの形質/産地/状況証拠から、「トミヨ属淡水型」であると判断した(間違っているようならば是非ご指摘下さい)。

ちなみにトミヨを含めたトゲウオ科魚類の雄は、巣作りと卵塊の保護行動を行うことが知られている。環境省レッドリストでは“トミヨ属淡水型本州地域個体群”が「絶滅のおそれのある地域個体群(LP)」に、また青森県では重要希少野生生物 (Bランク) /「絶滅危惧II類」にそれぞれ指定されている。

2012年9月に角上魚類日野店で購入した青森県産の「ごり」のパック(当日のキロ単価は800円)の中に3匹だけ紛れ込んでいたもの。本稿の写真の個体は「魚のサカナ」を摘出しただけで口にしておらず、また残りの2匹は現在も冷凍保存中(エタノール浸漬標本にする予定)なので、今のところトミヨ/トミヨ属淡水型の食味に関するコメントはできない。


【注】従来の形態的分類における「トミヨ」の学名。現況に合わせて「トミヨ属淡水型」とした時は、学名が確定していないことから Pungitius sp. "Freshwater type" などとなるはず。


【参考文献】
1. Takata,K., A.Goto and F.Yamazaki. Biochemical identification of a brackish water type of Pungitius pungitius,and its morphological and ecological features in Hokkaido,Japan. Japan.J.Ichthyol., 34:176-183 (1987). PDF

2. Takata, K., A. Goto and F. Yamazaki. Genetic differences of Pungitius pungitius and P. sinensis in a small pond of the Omono River system, Japan. Japan. J. Ichthyol., 34: 384–386 (1987). PDF

3. Takahashi, H. and A. Goto. Evolution of East Asian ninespine sticklebacks as shown by mitochondrial DNA control region sequences. Mol. Phylogenet. Evol., 21: 133–155 (2001). 要旨(全文PDFのダウンロードは要アクセス権)

4. 河又邦彦・杉山秀樹.淡水型と雄物型に固定したアロザイム遺伝子と形態学的特徴.秋田大学教育文化学部研究紀要(自然科学),57: 7–12 (2002).(ネット上にPDFはなさそう)

5. 杉山秀樹「トミヨ属雄物型:きわめて限定された生息地で湧水に支えられる遺存種の命運」シリーズ・Series 日本の希少魚類の現状と課題 魚類学雑誌 56: 171–175 (2009). PDF(参考文献6も併録)

6. 酒井治己「名前のないトゲウオ類」シリーズ・Series 日本の希少魚類の現状と課題 魚類学雑誌 56: 178–179 (2009). PDF(参考文献5も併録)

7. Kawahara, R., M. Miya, K. Mabuchi, S. Lavoué, J.G. Inoue, T.P. Satoh, A. Kawaguchi and M. Nishida, Interrelationships of the 11 gasterosteiform families (sticklebacks, pipefishes, and their relatives): A new perspective based on whole mitogenome sequences from 75 higher teleosts. Molecular Phylogenetics and Evolution 46: 224–236 (2008) 要旨(全文PDFのダウンロードは要アクセス権)