新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

366: ツムブリ

スズキ目スズキ亜目アジ科ブリモドキ亜科ツムブリ属
学名:Elagatis bipinnulata (Quoy and Gaimard)
英名:Rainbow runner [原], Rainbow yellowtail, Hawaiian salmon

地方名は多く、ネット検索で簡単に見つかるもので、つんぶり(千葉)、つんぶい(伊東)、すぎ(伊豆諸島/ただし標準和名スギとは別の魚)、おきぶり(三重/和歌山)、まるばまち(和歌山)、きつね(高知/ただし「きつね」とも呼ばれるハガツオとは別の魚)、いだ(愛媛)、うめきち(鹿児島)、ちょかきん(鹿児島)、とりかじまわし(鹿児島)、やまとながいゆ(沖縄)など。千葉県館山産の全長約30cmの小型個体から摘出した左右の標本。写真右は、写真左の左側の標本を反対側から観察。エタノール固定中に少々黄変してしまった。

「錘鰤/紡錘鰤/頭鰤のツムブリ」は、これまでに紹介したアジ科の「魚のサカナ」の中でも、やはり同じような紡錘型の体を持つアジ科ブリモドキ亜科、特にブリ属のヒラマサカンパチブリのものに良く似ている。肩甲骨孔は大きく、肩甲骨の形状自体もほとんど変わらない。ただしツムブリのものでは、1)烏口骨の左右の幅が短いために寸詰まりな印象を与える、2)烏口骨本体の後下部が鋭角的に、比較的深く湾入する、3)烏口骨上方の『背鰭』部先端は丸みを帯び、そこから『嘴』部に向かう上縁のラインが曲線的(これらの点ではブリのものに似る)など、ブリ属の「魚のサカナ」との間にはいくつかの相違点が認められる。



特徴的な体色と体形から一見してツムブリであることが確実な個体であったが、念のため『日本産魚類検索 第2版』のアジ科の検索キーを辿り、1)腹鰭がある、2)背鰭棘部は皮下に埋没しない(写真中段右)、3)側線に稜鱗がない、4)背鰭軟条部(写真下段左の赤線)は臀鰭軟条部始部(同緑線)よりもはるかに前にある、5)背鰭棘間は鰭膜で連続する(写真中段右)、6)尾柄部に小離鰭(各2軟条)がある(写真下段右の紫四角)などの形質からツムブリであると判断。また『新訂原色魚類大圖鑑』に記載された、7)臀鰭前方に1本の遊離棘条がある(写真下左の青丸)、8)尾鰭は深く2叉する(写真下右)、9)尾柄部上下に各1欠刻がある(写真下段右および写真下右)などの形質も確認した。

2012年11月に八王子綜合卸売協同組合のマル幸水産で購入(当日はキロ600円/約0.2kg)。店頭に置いてあった千葉県館山産の「入り会い」からピックアップした数種類の魚の内の1匹。2011年5月に沖縄県那覇市にある「泊いゆまち」を訪れた時に全長100cm前後の大型ツムブリを見かけたが、出張中にそのサイズの魚を入手する/食べ切るのはさすがに無理ということで泣く泣く諦めて以来の出会いで、思わず「おぉっ」と声を上げてしまった(お恥ずかしい限りです)。さて今回の魚は、まず一部を生で試食。旨味は少なくなく食感も良い。少々味が薄めのヒラマサ系の刺身と言ったところか。なかなか美味い。残りは開いて干物に。焼いた身の見た目、食感ともマアジの干物に似た印象だが、脂の乗りがさほどでないためか、実際に口にすると少々パサつくように感じる。旨味もそれなりにあるが、どちらかと言うとあっさりとした味わい(同じ日に同じトロ箱からピックアップし、同じように干物にして食べ比べたアイブリの方が旨味は明らかに多い)。実際ネット上では「ツムブリの大型個体は美味いが小型のものは美味くない」との記述が散見されるが、個人的には今回の小型個体でも「普通に美味しく食べられる魚」であったし、大型個体の方がより美味いのであれば是非いつか食べてみたいと思う。


【参考】Wikipediaツムブリ」を含め、ネット上では「ツムブリの大型個体ではシガテラ中毒の報告もある」という記述が散見されるが、筆者自身がネット検索したところでは、残念ながらその『報告』(元資料)は見つけられなかった。wikipedia「ツムブリ」にもリンクが貼られているFishBaseの"Elagatis bipinnulata, Rainbow runner"のエントリー内の"More Information">"Ciguatera"を見ると、カリブ海にあるイギリス領ヴァージン諸島の漁業の潜在能力に関する1969年出版の古い文献(Dammann, A.E., Study of the fisheries potential of the Virgin Islands. Special Report. Contribution No. 1. Virgin Islands Ecological Research Station (1969).)が唯一挙げられているが、残念ながらネット上で本資料のPDFなどを見つけることはできなかったので実際の内容は不明である。また厚生労働省の『自然毒のリスクプロファイル:魚類:シガテラ毒』にツムブリの名前は掲載されていない。更に2010年出版の文献(大城直雅: 魚類の毒 (4): シガテラ毒. 食品衛生研究, 60 (1), 37-45 (2010).)によると、1997~2006年に沖縄県で発生した合計33件(ただし関係部署が把握しているものだけ)のシガテラ食中毒の原因魚種リストの中にもツムブリの名前はない。もし「ツムブリのシガテラ食中毒」に関する『報告』をご存知の方がいらっしゃったら、ご教授頂けると有り難いです。

とは言うものの、「資料が見つけられない/危険魚リストの中に名前がない」即ち「100%安全」という訳でも決してないので念のため。上述した2010年の文献(と「自然毒のリスクプロファイル」)には、1)シガテラの原因となりうる魚は400種以上にのぼるとされている(ただし頻繁に食中毒をもたらすのは、バラハタ/バラフエダイ/イッテンフエダイなど、その一部である)こと、2)主要な原因魚としては、カマスカマス属、ブダイ科アオブダイ属、ハタ科マハタ属、バラハタ属、スジアラ属、フエダイフエダイ属、アジ科ブリ属、サバ科サバ属など主にサンゴ礁周辺に生息する種が挙げられること、3)ただし原因魚に関して地域差や個体差が極めて著しいこと(例えば小さな島のある海域では食用とされる魚種が、同じ島の別の沿岸では高率に毒を有することもあるのだとか)、4)中毒を起こした魚の外見や味に異常は認められず、摂食前に毒性を判断するのは困難であること、などが記されている。また実際ツムブリの刺身を食べて「当たった」ことを記しているブログも見つけている。十分ご注意頂きたい(といっても、外見から中毒原因魚を判断できないのならばどうすれば良いのやら、ですね)。