新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

331: シマガツオ

スズキ目スズキ亜目シマガツオ科シマガツオ亜科シマガツオ属
学名:Brama japonica Hilgendorf
英名:Pacific pomfret [原], Bigtooth pomfret, Ray's bream

地方/流通名エチオピア(全国)、テツビン(小笠原)、クロマナガツオ(東京)、モモヒキ(神奈川) など。全長約47cmの雌個体から摘出した左右の「魚のサカナ」。左側の標本は射出骨付き。なかなか大きなもので、最長部で約6cmある。烏口骨と擬鎖骨を繋ぐ軟骨組織が烏口骨の『嘴』部先端から平たく飛び出している(エタノールが完全に蒸発していないので薄白く見える)が、左右の標本でその形状は異なるのが面白い。またこの軟骨部分を除くと、烏口骨の下縁は曲線状。『嘴』先端部は尖らない。

写真上の両側の標本を反対側から拡大して観察。上の写真よりエタノールの蒸発が進んでいるために、烏口骨に結合した軟骨部がより透明になっている。今回の「縞鰹/島鰹のシマガツオ」は、シマガツオ科の「魚のサカナ」としては初めての紹介となるが、これまでに紹介した他の魚種のものとは大きく異なる独特の形状(個人的には優しい目をした『水牛』のようにも見える)。ただし、後述するようにスズキ目イボダイ亜目マナガツオ科のマナガツオのものに少なからず似ているような印象を受けるもの【参考】。烏口骨の骨梁(『キール』)は頑丈で、『背鰭』の部分に多数の小筋が確認できる。



「日本産魚類検索 第2版」のシマガツオ科の同定の『鍵』を辿り、1)背鰭起部は鰓蓋上端より後方にある、2)臀鰭起部は胸鰭基部上方より明らかに後方にある、3)背鰭/臀鰭は折り畳むことができない、4)背鰭/臀鰭上に小さな鱗がある(写真中段右)、5)両眼間隔は著しく突出する(写真中段左および下)、6)頭部は著しく側扁する、7)尾柄から尾鰭基底の鱗は徐々に小さくなる(写真下段右)、8)左右の腹鰭は接近している(写真下段左)、9)胸鰭基部下端と腹鰭起部の間隔(4cm)は、体長(39cm)の約10%(12%以下)かつ頭長(10cm)の約40%(42%以下)、10)体の縦列鱗数は69(65~75)などの形質からシマガツオであると判断。この魚の第1鰓弓鰓耙数は19であったが、この鰓耙数と上記した縦列鱗数で、同じシマガツオ属のヒメシマガツオ(小型種で、縦列鱗数が57~65、鰓耙数が13~15と少ない)、オナガシマガツオ(尾鰭上葉が長く、また縦列鱗数が53~56、鰓耙数が12~14と少ない。ただしこの種に関しては分類学的に混乱しているのだとか)、マルバラシマガツオ(縦列鱗数が52~54と少ない)と見分けることが出来る。また『新訂原色魚類大圖鑑』によると、シマガツオは群れをつくる魚で、普段は水深150〜300mの底層に生息するが、夜間になると表層に浮上する習性があるとのこと。

シマガツオの歯は細かいがなかなか鋭い。

八王子綜合卸売協同組合のマル幸水産の店頭で、数種の魚の「入り会い」(産地確認を失念)から取り上げたもの(当日はキロ600円/約1.3kg)。イットウダイ科の魚のように手が切れるような鱗の固さではないものの、鱗と本体との結合が強固で非常に剥がし難いため、そのまま3枚に下ろしてしまい後で鱗ごと皮を引くというのが正解かも知れない(半身は「すき引き」で鱗の処理をしたが、実際かなり大変な作業であった)。全体的に身は柔らかめで、キンメダイと同じように胸鰭根元の筋肉は赤い(これらもマナガツオと共通【参考】を参照)。またネット上の情報ではかなり高い確率(ほぼ100%?)で寄生虫がいるということで、実際今回の個体の腹身にも最低3種類の寄生虫が計10匹程度いることを確認した。気になる向きは生食を避けて頂き、また自己責任で生食する場合も比較的寄生虫の多い腹身を避け、背身だけにしたほうが無難かも知れない。ということで、まずは自己責任で背身の一部を刺身で試食。マナガツオの刺身をもっと柔らかくしたような印象だが、むっちりと乗った脂からくる甘味と身に多量に含まれる旨味を強く感じる。柔らかめの食感に関して好みが分かれると思うが、筆者自身は「美味い魚」に認定。残りはハーブ塩と胡椒を振って、オリーブオイルでソテーに。熱を通すと身が締まり、加熱したメカジキの身のような繊維質の食感になる。口の中でホロホロと崩れて行くに連れ大量の旨味が溢れ出す。非常に美味い。ネット上では「余り美味くない」との記述も散見されるので、季節/個体/産地などに大きく味が左右される可能性もあるが、少なくとも今回の個体に関しては、味的にも、またコストパフォーマンス的にも「大当たり」と言えるもの。


【参考】シマガツオの系統的位置に関して

現在の分類上は、シマガツオ(写真下左)は「スズキ目スズキ亜目シマガツオ科」、マナガツオ(写真下右)が「スズキ目イボダイ亜目マナガツオ科」と亜目のレベルで異なる魚とされているが、少なくとも筆者の眼には、両者の外見、特に頭部や鰭の特徴などは良く似ているように見える(ちなみにシマガツオの英名に付いている"Pomfret"は、実はマナガツオの仲間の英名と共通するもので、シマガツオとマナガツオの外形態の相似は東西を問わず認識され得るものかも知れない)。

またシマガツオ(写真下左)とマナガツオ(写真下右)の「魚のサカナ」の形状には、例えば烏口骨上方の『背鰭』部の下側が少々盛り上がり『庇』のようになっていること(黄四角)、烏口骨下縁に湾入する部分があること(赤丸)、第4射出骨が江戸時代の後藤分銅に似た形状であることなど、幾つかの共通点を見出すことができる。またシマガツオのもの(写真左)の烏口骨の骨梁(キール)部の上縁を緑破線で示したが、仮にこれより上方の平たく広がった部分を除けば、マナガツオのものに良く似た『おにぎり』型の形状が見て取れるのもなかなか興味深い。

ただ、魚体の外形態にせよ、「魚のサカナ」の形状にせよ、収斂進化により「たまたま似てしまった」という可能性が常に付きまとうため、これら「一部の形態の類似」から両種の類縁関係が必ずしも支持される訳ではない。このような問題点を乗り越えるために、近年遺伝子レベルでの系統解析が盛んに行われるようになってきており、形態学的な観察からは全く予想もできなかった系統関係が次々に提唱されるようになっている。例えば2009年に出版された以下の論文では、本稿のシマガツオが含まれるスズキ亜目シマガツオ科(論文ではリュウグウノヒメ属の1種のデータを使用;以下同)が、サバ亜目のサバ科(マサバ)/タチウオ科(クロタチモドキ)やイボダイ亜目のイボダイ科(イボダイなど)/エボシダイ科(ボウズコンニャク属の1種)/マナガツオ科(マナガツオ)、更にはワニギス亜目のクロボウズギス科(ワニグチボウズギス属の1種)などと単系統群/クレードを形成(=要するにこれらの科に含まれる魚種が非常に近縁であるということ)し、トゲウオ目ヨウジウオ亜目のサギフエ科(サギフエ)/ヘラヤガラ科(ヘラヤガラ)およびカサゴセミホウボウ亜目のセミホウボウ科(ニシセミホウボウ)が形成する単系統群と姉妹群関係にあることが強く示唆されている。今後更に詳細な解析が必要になると思われるが、もしこの系統関係が事実であるとすれば、シマガツオとマナガツオの外形態や「魚のサカナ」の形状がある程度似ていてもおかしくはないようにも思われる。将来的にこの辺りの分類群がどのような形にまとめられるのか非常に楽しみである。

Li, B.; Dettai, A.; Cruaud, C.; Couloux, A.; Desoutter-Meniger, M.; Lecointre, G.. RNF213, a new nuclear marker for acanthomorph phylogeny. Molecular Phylogenetics and Evolution 50: 345-363 (2009).(全文PDFのダウンロードは要アクセス権)