新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

259: ビワマス

サケ目サケ科サケ亜科サケ(タイヘイヨウサケ)属
学名:Oncorhynchus masou subsp.注1
英名:Lake Biwa trout [原], Biwa trout, Biwa lake trout

地方名アメノウオ、アメノイオ(鯇<魚偏に完>、雨の魚/繁殖期に雨が降ると、河川に遡上して産卵する習性を持つことから)。明治時代以降、栃木県中禅寺湖、神奈川県芦ノ湖、長野県木崎湖などに移殖されてきたようだが、本来は「琵琶湖固有亜種」。サクラマス(降海型のヤマメ)やサツキマス(降海型のアマゴ)が、海に降りて成長/成熟するのに対し、ビワマスは琵琶湖を海の代わりに使う「降湖型」(=海には降りない)。琵琶湖内で小アユやヨコエビなどを食べて成長し、性成熟後は再び河川を遡り、そこで産卵/放精して一生を終えるという生活環を持つ。ちなみに、少ないながらも存在するらしいビワマスの「陸封(河川残留)型」に特別な標準和名はない。

さて、写真上は滋賀県琵琶湖産の全長50cmの抱卵雌個体から摘出した左右の「魚のサカナ」。立派な中烏口骨付き。エタノール固定中に骨の一部(恐らく脂分に富んだ場所)が黄変し、また摘出時に左側の標本の一部(烏口骨の『背鰭』部分)が割れてしまった。

写真上の右側の標本を拡大して両側から観察。「琵琶鱒のビワマス」の形は、これまで紹介してきた他のサケ科の「魚のサカナ」と基本的に共通の特徴を有しているが、1)烏口骨上方の『背鰭』部分先端が鋭く張り出していること、2)またこの部分に大きく丸い孔が1つだけ存在し、その周辺部が広範囲に渡って網目状構造になることなどの点で異なっている。

中烏口骨を下にして斜め下方向から撮影。烏口骨『背鰭』部分の網目状構造や、ブリッジのように大きく突出した中烏口骨が良く分かる。


写真の全身像からも分かるように非常に美しい魚体。サクラマスなどと比べると鼻先が余り突出せず、丸みを帯びているような印象を受ける。



今回も「日本産魚類検索 全種の同定 第2版」の『鍵』を辿り、1)頭部が側扁し、頭頂部は膨出する、2)鋤骨・口蓋骨の歯帯は『小』字型(写真上段左の赤線)、3)体の背面に黒点が散在(写真中段右)、4)尾鰭全体に黒点がない(写真上段右)、5)頭部背面に小黒点がない(写真中段左)ことから、サクラマスサツキマスビワマスが含まれるいわゆる「サクラマス群」注2であることが確定。更に6)全長50cmで体側に朱点が存在しない(サツキマス/アマゴの場合、体長20cm以上でも朱点が残る)、7)琵琶湖産の天然個体などの形質/産地などを総合的に判断してビワマスであるとした。また8)眼が比較的大きめである(写真下段左)こともビワマスの大きな特徴。鱗を剥がすと薄桃色の横帯を確認することが出来るが、この状態でも体側の朱点は確認できない(写真下右)。更に「日本産サケ属(Oncorhynchus)魚類の形態と分布(福井市自然史博物館研究報告 第49号:53-77(2002))」(PDFのダウンロードはこちら)の記述によると、ビワマスには他にも 9)頭部背面は目の上方でわずかに膨出する(写真下段左/サツキマスサクラマスでは直線状)、10)湖中生活期は体背部が緑褐色(写真中段右)、11)上部横列鱗数が21~27(普通21~25)という特徴があるとのこと。11)の形質に関して、残念ながら上部横列鱗数を正確な数えていなかったが、撮影してあった写真から判断すると、今回の魚はこれが「25以下」であることは間違いない。

更に付け加えるならば、ビワマスの背鰭先端は黒くならない(写真上左)が、サクラマスのものでは黒くなる(写真上右/「新訂原色魚類大圖鑑」にもその旨の記載あり)ことを「見分けるポイント」の一つとして挙げている資料もある(資料のPDFのダウンロードはこちら)。

滋賀県大津市長等商店街のタニムメ水産で購入(当日はキロ3,000円/1.8kg)。ネット上では「鮮度落ちが早い」との記述も散見されたので、当日朝に水揚げされたものを店頭で内臓だけ処理してもらい(ちなみに胃の中には稚鮎が沢山)、そのまま新幹線で東京まで直行。当然非常に新鮮な状態で食卓まで到達。まずは刺身に。イヤなクセや泥臭さは全くなく、コリコリとした食感がありながらしっとりした感じも併せ持つ非常に上質の身。脂の乗りは良いが決して過剰ではない。旨味成分も多いが、脂から感じる甘味とのバランスが絶妙。これまでに食したサケ/マス類の刺身の中では間違いなく最上のもの。しばらく冷凍した柵をルイベにしたものも同様に極上の味。冷凍後も臭みは全く出ず、コリコリした食感も失われていない。次は塩焼き。焼いた後もしっとりしている素晴らしい身質と、旨味と脂のバランスの良さの生み出すあまりの美味さに家族中が無言になり、全く箸が止まらない状態であっという間に完食。更には関西風の薄味の煮付けに。風味や旨味は言うまでもないが、口の中でホロホロ崩れる身の食感も堪らない。今回の料理の中では一番脂を感じたが、思わず唸ってしまうほどの美味さ。アラも同様に煮付けにしたが、文字通り骨までしゃぶり尽くさなくてはいられない状態に。サケ科の魚の皮は基本的に美味いが、ビワマスの皮もやはり美味い。東京まで苦労して運んできたということが気持ち的にプラスされていることは否定しないが、個人的な見解を誤解を恐れずに書いてしまえば、正に「驚愕の美味」。また卵巣は塩漬けにして「筋子」に。卵の粒がポロポロと外れやすかったが、嫌な風味や味は全くなく、こちらもかなりの美味。

ちなみにサケ/マス類を含めた川魚の生食には寄生虫の心配が付いて回るが、琵琶湖/京都周辺では、ビワマスは「初夏の美味」として普通に刺身で食べられてきたようで、実際スーパーや百貨店の鮮魚コーナーにも「刺身用」として丸一匹、あるいは柵として並べられているのを確認した。筆者が調べた限りでは、少なくとも裂頭条虫類(いわゆるサナダムシ類)に関しては、第1中間宿主である海産ケンミジンコ類(一部海域に生息)を降海時に食べたサケ/マスのみに寄生するものであるため、琵琶湖を海の代わりに使う(=海洋生活歴がない)ビワマスが感染する恐れは低いと考えられているのこと。ただし100%安全保証という訳でもないようなので、生食する場合は自己判断の上、自己責任で(万が一の場合も当方は一切責任を負いません)。-20℃以下で数日間以上冷凍すれば寄生虫は死滅するし、上にも書いた通りビワマスはルイベでも十分に美味であるので、心配な向きには一度冷凍することを強くお勧めする。

またビワマスは、琵琶湖固有亜種として「準絶滅危惧種(NT)」に指定されている(「日本のレッドデータ検索システム」で検索可能)。養殖も古くから試みられてきたが、最近になって養殖魚がようやく市場などにも出回るようになってきたとのこと(下記の新聞記事を参照)。

ビワマス養殖本格化 「トロより美味」東京、大阪で好評京都新聞 2011年06月19日)


【注1】サツキマス群の魚に関しては、分類学上の大きな混乱があった(ある?)影響で、資料によってその学名はバラバラという状態である。例えば、FishBaseでは亜種名なしで Oncorhynchus rhodurus Jordan & McGregor とエントリーされているが、生命の星・地球博物館の瀬能宏氏による「境界線上で翻弄される箱根の魚たち」(自然科学のとびら 第14巻3号 2008年9月15日発行)という資料によれば、この学名は「芦ノ湖産の標本を元に(中略)外来種を新種として記載してしまったお粗末な事例」のものなのだそう(詳しくは上のリンクから)。また「新訂原色魚類大圖鑑」や、日本語/英語版Wikipediaビワマス/Biwa trout のエントリーでは、学名を Oncorhynchus masou rhodurus としているが、FishBaseではこれをシノニム扱い。そこで本稿では、「日本産魚類検索 全種の同定 第2版」と、社団法人 日本水産資源保護協会が平成21年4月に発行した「ー豊かな自然環境を次世代に引き継ぐためにー サクラマス、アマゴ、ビワマス、地方種」という資料に記された Oncorhynchus masou subsp. を採用、つまり「学名は未確定」とした。

【注2】「サツキマス群」の3種のミトコンドリアDNAの配列(一部)で系統解析を行った以下の論文によれば、この3種の中ではまずビワマスが共通祖先から分岐し、それからサツキマス/アマゴとサクラマス/ヤマメが分岐したことを示唆する結果が得られている。言い換えれば、体側に朱点がある(ビワマスでは若魚のみだが)という形質を共有するアマゴ/サツキマスビワマスであるが、遺伝的にはアマゴ/サツキマスとヤマメ/サクラマスの方が近縁で、ビワマスは3種の中では一番遠縁ということになる。
Oohara, I. and Okazaki, T., Genetic relationship among three subspecies of Oncorhynchus masou determined by mitochondrial DNA sequence analysis. Zoolog Sci. 13:189-98 (1996).