新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

260: シイラ

スズキ目スズキ亜目シイラシイラ
学名:Coryphaena hippurus Linnaeus
英名:Dolphinfish [原], Common dolphinfish, Mahi-mahi, Dorado

小田原産の「朝獲れ」の全長約108cmの雄個体から摘出した左右の「魚のサカナ」。除肉した段階では骨の中に血液が多く残っていたので、オキシドールで漂白処理を行い、エタノール固定後に撮影。魚体の大きさに比例して非常に大きいもので、最長部で約11cmある。「鱪/鱰<魚偏に暑/署>のシイラ」は、全体的に横長で、先端が伸びた細めの肩甲骨、中央に筋が通り太く頑丈な烏口骨の『嘴』部など、アジ科の「魚のサカナ」、特にシイラと同じように魚体が大きくなり、水中を高速で遊泳するブリヒラマサカンパチなどのものにかなり似ているのが非常に興味深い【注】

写真上の右側の標本の『頭部』を反対側から拡大して観察。烏口骨上方の『背鰭』部の一部が棘のように突出するのは大きな特徴(赤丸)。



日本近海に限らず、世界中に生息するシイラ科の魚はシイラとエビスシイラの1属2種のみなので同定は比較的容易。今回の魚は、背鰭が58軟条であり、シイラ/エビスシイラのどちらとも考えられるものだったが、1)体の背縁と腹縁は直線状、2)体高は腹鰭起部付近で最大であることからシイラと判断。頭背部が大きく隆起していることから雄個体であることが分かる(写真中段左)が、その隆起部には青色斑点が星のように散在する(写真中段右)。口元および胃の中には、『最後の晩餐』であるかなり新鮮なマイワシが大量に詰まった状態(写真下段左/さすがにこれらは食べなかったが)。また今回初めてシイラの顎/歯をじっくり観察したが、小さいながらも、なかなか鋭い歯が顎の平たい部分に剣山のように並んでいる(写真下段右)ため、素手で触れるとかなり痛い。

八王子総合卸売センター内、高野水産で購入。イエローメタリックに美しく輝く体色から「朝獲り」であることは確実なものだったが、当日の値段は1キロあたり何と200円/7.5kg。魚体のサイズがとにかく巨大なので、一般家庭サイズの台所で捌くことはさすがに不可能、、、ということで、仕方なく食卓にビニールを敷いて下ろしたが、後処理が非常に大変だったのは言うまでもない。また一家庭で消費できる量ではなかったので、「ブロック肉」にして近所の親戚など数カ所にお裾分けした。今回は刺身(下記の【注意点】を参照)、ハーブソテー、竜田揚げで堪能。刺身の食感は少々軟らかめだが、脂の乗りが良く旨味も多い。かなりの美味。ハーブソテーもかなり良い味。特に頭の隆起部の周りの肉が食感/味ともに良い。醤油ベースのタレにしばらく浸けてから唐揚げにした竜田揚げはビールのアテに最高のもの。

「サイズマーカー」の身長は約142cmです。


【注意点】ネット検索では、シイラは暖海の表層を泳いでいるため「体表に腸炎ビブリオ菌や表皮粘液毒を持つと言われて」おり、生食するためには「下ごしらえ用まな板と仕上げ用まな板を別にする」ことや「腸炎ビブリオ菌は淡水では死滅するので、下ろした身を水道水で良く水洗いする」などの注意が必要などという記述が高確率でヒットする。実際に沖縄県などではシイラ生食後の食中毒例が少なくとも数件は報告されているようであるし、実際に大変な目にあった人の体験記(?)のようなものもあるのだが、沖縄県衛生環境研究所の大城直雅氏による“南西諸島の毒魚と食中毒について”(日本水産学会誌, Vol. 74, pp.915-916 (2008)/PDFのダウンロードはこちらから)によれば、沖縄のシイラ生食後の食中毒例では、今のところ「食中毒の起因となる病原性細菌等(筆者注:腸炎ビブリオなど)は検出されていない」ため「中毒の原因となった個体に特有の成分が含まれていたと考えられる」とのこと。また「湘南の両軸遠投カゴ釣り〜陸っぱり釣行記〜」というブログの2009年10月29日のエントリー「サバ祭り開催中!!」には、シイラ毒に関して、神奈川県水産技術センターに直接問い合わせた際の回答がそのまま掲載されている。非常に参考になるので一読をおススメするが、結論だけ抜粋すればシイラの食中毒は、鮮度が落ちた個体の中で生成された「ヒスタミンによる食中毒」の可能性が高い模様。実際、今年(平成23年)5月に静岡市シイラによる食中毒が発生しているが、その原因となったのは給食で出されたシイラの竜田揚げ(=生食ではない)であり、ヒスタミンが原因物質であるとのこと(こちらを参照)。ということで、シイラが原因の食中毒を避けるためには、生食/加熱食を問わず、出来る限り鮮度の良いものだけを食べるようにすることが最重要ポイントであると思われる。その上で、念のために、体表の鱗/粘液を除去し皮を引くまでは下ごしらえ専用のまな板/包丁を使い、下ろした身は水道水で良く洗浄してから、仕上げ専用のまな板/包丁で刺身にするようにすれば更に良いのかも知れない(もちろん生食を避ける方がもっと安全だろうが、これはシイラに限らず全ての魚に言えること)。

【注】今年6月、"Molecular Ecology Resources"誌のサイトに "online first" でアップされた以下の論文には、南アフリカで商業流通している魚類53種のミトコンドリアDNA中の cytochrome c oxidase I (COI) 遺伝子配列を用いて描いた系統樹(Kimura 2-parameter distance neighbour-joining tree/ Fig. 2)が含まれているのだが、実はアジ科マアジ属のケープマアジ(Trachurus capensis)よりも、シイラシイラ属のシイラCoryphaena hippurus)の方が、アジ科ブリ属のブリ(Seriola quinqueradiata)やヒラマサ(Seriola lalandi)に遺伝的により近縁であることを示唆するもの(つまり「シイラ科はアジ科に内包され、マアジ属よりもブリ属に近縁」という意味)となっているのが非常に興味深い。全文PDFにアクセス出来ない方々の為に、下図に当該部分を簡潔にまとめたのでご覧頂きたい(ちなみに各枝の長さは実際のデータを反映していない)。

残念ながら(?)論文の後半部はマグロ類の系統関係についてスペースを割いているために、上記の系統関係に関して特に言及されておらず、また各分岐点の bootstrap value が記されていない(=80以下ではある)ために、これらの分岐/グルーピングがその程度確実なのかははっきりしない。とはいうものの、少なくともシイラとブリ/ヒラマサの「魚のサカナ」の形が非常に似ているのは紛れもない事実(もちろん現状では「収斂進化」の結果である可能性もあるが)なので、もっと多くのアジ科/シイラ科魚種のデータを使った、より詳細な系統解析が非常に楽しみである。

Cawthorn,D.-M., Steinman, H.A., and Witthuhn, R.C.. Establishment of a mitochondrial DNA sequence database for the identification of fish species commercially available in South Africa. Molecular Ecology Resources (2011) Early View. (doi: 10.1111/j.1755-0998.2011.03039.x) (要旨と全文PDFのダウンロード<後者は要アクセス権>はこちら)。