新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

272: ギンカガミ

スズキ目スズキ亜目ギンカガミ科ギンカガミ属
学名:Mene maculata (Bloch and Schneider)
英名:Spotted moonfish [原], Moonfish, Razor moonfish, Razor trevally

和歌山県串本産の全長約25cmの雌個体から摘出した左右の「魚のサカナ」の標本。「銀鏡のギンカガミ」は、小さめの肩甲骨の後に長くスラッと伸びた烏口骨が結合しているが、この烏口骨下縁のカーテン状の部分などはアジ科ヒイラギ科(の一部)の「魚のサカナ」を思い起こさせるもの。ただし全体的な形としては、これまでに摘出/紹介してきたアジ科のものにはそれほど似ておらず、強いて挙げればイトヒキアジのものが、小さめの肩甲骨や「天女の羽衣」のように長く伸びた烏口骨を含めて最も近い形かな?といったところ。写真右は、写真左の左側の標本を裏側から観察したところ。烏口骨の『嘴』部分の先端まで、弓状にしなった「キール」が裏打ちしている(途中で『背鰭』の背縁と融合する)ことが見て取れる。

「銀鏡のギンカガミ」のもう一つの大きな特徴は、烏口骨上方の『背鰭』に相当する突起部が2枚あること。このような2枚の『背鰭』を持った「魚のサカナ」は、セミホウボウでも観察されていたが、ギンカガミとセミホウボウの間に直接の系統関係はないので念のため。またこの写真からは『背鰭』部分の根元に小孔が開いているのが分かる。

2枚の『背鰭』部分を骨の両側から拡大して観察。『背鰭』の内の1枚(黄色線で示す)は薄く、『嘴』部方向へそのまま繋がって行くが、もう一方(緑線で示す)は、烏口骨から突き出た骨の固まりのようになっている。

ギンカガミの耳石も独特の形をしており、例えるならば「お玉杓子」や「棍棒」に似た印象。「柄」に当たる部分の片側には溝があり(上側の標本に注目)、「雨樋」のようになっているのも面白い。



ギンカガミは世界中でも1科1属1種のみの魚で、あまりにも独特な外形態であるため同定は容易。「日本産魚類検索 第2版」に挙げられている、1)体は著しく側扁する、2)体は無鱗、3)腹縁は薄くて鋭く前下方に張り出す(写真下段左)、4)背鰭棘は痕跡的(写真下段左の赤線部分)、5)体側上方に2〜3列の暗色斑がある(写真下段右)、6)腹鰭の最初の2軟条は癒合し伸長する(写真中段左)、7)側線は背鰭基底後端下付近で終わる(写真中段右の赤矢印)などの形質も比較的容易に確認可能。またギンカガミの肛門は胸鰭のすぐ後方(ほぼ付け根)に開口している。

八王子総合卸売センター内、高野水産で購入(当日はキロ800円/2匹で0.44kg)。体がキラキラと輝き、目は真っ黒で鰓も鮮紅色と、なかなか新鮮な個体であったので、今回は刺身に挑戦。写真からも分かるように、薄くて広い体形なので、下ろすのは非常に大変(ちなみに1匹目は5枚下しに、2匹目は3枚下しにしてみたが、個人的には後者の方がより簡単であるように思われた)だったが、予想していたよりは可食部分が取れたような印象。腹側の身は多少筋張っているが、全体的に身の色はきれいで脂の乗りも悪くない。噛んでみると、アジに良く似た身質(ただしもっと繊細な印象)で、旨味はかなり多い。また血合いがかなり大きいため、マルアジなどムロアジ類のような風味も多少感じた。率直に言って、かなり美味い。「あら」で作った潮汁も良い出汁が出て美味。また写真下の干物は、鮮魚のギンカガミを手にする前日に御徒町吉池で購入した「産地直送」品(2匹で300円/表示は「ぎんかがみ一夜干し」)。鹿児島産。味/風味ともやはりアジに近い印象で、なかなかの美味。連れ合いはこの干物を非常に気に入ったとのこと。ちなみにフィリピンでは、ギンカガミのことを「Bilong bilong(ビロンビロン)」と呼んでいるという話。その名前の語感がギンカガミの体型と合っているような気がして、かなり可笑しい。


【追加情報】ギンカガミの口は、ヒイラギの仲間のように前方に突き出る(写真下)。この形質も含め、ギンカガミの形態的特徴はヒイラギやアジの仲間ではないか?と直感的に思わせるものがあり、実際かつてはアジ科、クロアジモドキ科、ギンカガミ科、シイラ科、ヒイラギ科、スギ科の魚を合わせて「アジ亜目」とされていたこともあった(参考サイト:神奈川水総・おさかな情報・さかなのあれこれ「マアジ」)。現在これらの科は全て「スズキ亜目」に分類されるのが一般的であるが(よって「アジ亜目」という分類名は原則として使われていない)が、以下の【文献1】を読む限り、ギンカガミの分類学的位置は研究者によって見解が分かれ、いまだに議論の対象(場合によっては「目」のレベルで)になっているとのこと。またセミホウボウのエントリーでも紹介した【文献2】では、ギンカガミを含めた100種類弱の魚の遺伝子レベルの系統解析しているが、解析に用いる遺伝子断片の配列(ミトコンドリアの12S/16S rDNA、核の28S rDNA、ロドプシン)によってギンカガミとの近縁関係が示唆される魚種が異なる。つまり、この解析でもギンカガミの分類学的位置は確定していないこととなる。

【文献1】Friedman, M. and Johnson, G.D.. A New Species of Mene (Perciformes: Menidae) from the Paleocene of South America, with Notes on Paleoenvironment and a Brief Review of Menid Fishes. Journal of Vertebrate Paleontology, 25(4): 770-783 (2005) (PDFのダウンロードはこちらから)
【文献2】Chen, W.J., Bonillo, C., Lecointre, G.. Repeatability of clades as a criterion of reliability: a case study for molecular phylogeny of Acanthomorpha (Teleostei) with larger number of taxa. Mol Phylogenet Evol. 26:262-288 (2003) (PDFのダウンロードはこちらから)