新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

273: アラ

スズキ目スズキ亜目ハタ科ハタ亜科アラ族アラ属
学名:Niphon spinosus Cuvier
英名:Sawedged perch, Ara

新潟産の全長23cmの若魚(というより幼魚に近い)から射出骨付きで取り出した左右の標本。写真右は、写真左の右側の標本から射出骨を除去した後に撮影したもの。後述するように、アラはかつてはスズキ亜目スズキ科に、現在はスズキ亜目ハタ科に分類されている魚であるため、アラの「魚のサカナ」の形がどのようなものであるのか非常に興味を抱いていた。結論から書いてしまうと「𩺊(魚偏に荒)のアラ」は、肩甲骨と烏口骨本体部を合わせた形が角張っているなど、スズキ科よりも、現在の分類通りハタ科の「魚のサカナ」により似ているという印象を受けるもの。ただし他のハタ科の「魚のサカナ」が、この角張った部分に大きく立派な烏口骨の『嘴』部分を取り付けたような形になっているのに対し、アラのものでは烏口骨上方の『背鰭』様突起部(先端が細く尖る)がより前方に位置しているため、烏口本体上部縁と広い範囲で接している。また『嘴』部全体も細く、他のハタ科のものよりもひ弱な印象。非常に興味深いことに、これらの「相違点」は、アラと同じようにかつてはスズキ科に分類されていたが、現在では独立するイシナギ科に再分類されたオオクチイシナギのものにも見られる形質であり、実際のところ「𩺊のアラ」の全体的な形は、これまで紹介してきた「魚のサカナ」の中では、オオクチイシナギのものにもっとも似ているように思われる。



日本近海はおろか、世界でもアラ族/アラ属の魚はアラ1種のみの生息であるため、同定は比較的容易。今回の魚は、主鰓蓋骨に3棘がある(写真下段左および右の赤四角)ことからハタ科の魚であり、1)背鰭が13棘(分かりにくいが写真中段左/ちなみに11軟条)、2)前鰓蓋骨下部に強大な1棘(写真下段左および右の緑四角)という形質を「検索」するだけでアラであると判断できる。またアラの幼魚/若魚の体側には3条の褐色縦帯があり、尾鰭の上下先端は白くなる(写真中段右)。

角上魚類日野店の開店当日(09/16/11)に購入したもの(当日は350円/匹)。活け〆ものではなかったが、眼の色、体色、更には鰓の色などから判断して非常に新鮮であることが明らかだったので今回は刺身に。口に入れて2、3回咀嚼すると、嫌みなところが全くない本当に上品な旨味が口の中に広がる。コリコリとした食感のある素晴らしい身質。皮の近くには適度な脂が乗り甘味も感じる。鼻に抜ける風味も良く、まさに絶品としか言い様がない。見た目も透明感があり非常に美しい。「アラのあら」は潮汁に。やはり上品ながらたっぷりの旨味で非常に美味。今回のような若魚でこの深みのある味ということは、もっと大きなサイズの個体は一体どんな味がするのだろう、、、是非一度味わってみたいものである。

体長1メートルを超えるような大型の個体は知る人ぞ知る高級魚であるが、実は「アラ」という名前は非常に混乱を招くものであり、料理店などで「アラ汁」や「アラ鍋」などという表記を見た場合は特に要注意。まず、九州地方における「アラ」は、標準和名クエ(学名:Epinephelus bruneus Bloch)や大型のハタ類を指す地方名。もちろん魚の下ろし身を取った後の残りの骨などを表す「粗(あら)」のことではない(某料理&グルメ系漫画にも「アラ違い」のエピソードがあるのは有名な話)。またオオクチイシナギが「アラ」と呼ばれて流通している場合もある模様。そして本稿のアラは、標準和名がアラで、前述したように現在ではクエなどと同じ「ハタ科」に分類されている(これも混乱の元かも、、、)が、かつて、というよりかなり近年まで「スズキ科」に分類されていた大型魚。つまり「アラの刺身」であれば、どちらにしても高級な魚の刺身が食べられる可能性は高いが、「アラ汁」などの場合は、下手したらその中身が色々な魚の骨などということもあり得る(もちろんこの手の「アラ汁」も大変美味いものであるが)。ちなみに本稿のアラは、一部地方では「おきすずき/沖スズキ」という地方名でも流通しているとも(要確認)。もう一つ「ちなみに」を追加すると、標準和名クエ Epinephelus bruneus は、関東の釣り人には「モロコ」と呼ばれてきたが、小型淡水魚の「モロコ」類と無縁であることは言うまでもない。

【注】我が家にある資料を紐解いてみると、標準和名アラ Niphon spinosus は、1984年発行の「日本産魚類大図鑑」(東海大学出版会)や、1985年発行の「さかな大図鑑」(週間釣りサンデー)などではスズキ科に分類されているが、後者の改訂版である1995年発行の「新さかな大図鑑 - 釣魚カラー大全」(週間釣りサンデー)ではハタ科に変更されており、そして2000年発行の「日本産魚類検索 全種の同定 第2版」(東海大学出版会)以降は正式(?)にハタ科に移された模様。同様にイシナギ(現オオクチイシナギ)も、上記した1980年代に出版された書籍ではスズキ科に分類されていたが、現在では独立したイシナギ科に再分類されている。

(10/3/11 一部改稿)