新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

315: マジェランアイナメ

スズキ目ノトセニア亜目ノトセニア科マジェランアイナメ注1
学名:Dissostichus eleginoides Smitt
英名:Patagonian toothfish [原], Chilean sea bass

異名マゼランアイナメ、流通名メロ注2、オオクチ。かつては「銀ムツ」という名前でも流通していたが、平成15年3月の改正JAS法運用開始に伴い、現在では「銀ムツ」の単独表記は不可(ただし「銀ムツ(メロ)」は可)とのこと。上の標本は冷凍の「メロカマ」ブロックを照焼きにしたものから摘出した、巨大な射出骨付きの「魚のサカナ」。オキシドールにより漂白した標本のエタノール固定前(写真左)と固定後(写真右/半乾燥状態で各骨の境目が分かりやすい)の様子。

マジェランアイナメは南極周辺、具体的にはパタゴニアフォークランド海域からスコシア海、ケルゲレン諸島辺りに分布する大型の深海魚(体長は最大で2メートルに達し、陸棚の浅瀬から水深2,500~3,000mあたりの陸棚斜面と幅広い深度に生息している模様)であるが、一般にこのような深海では水圧の関係で「浮き袋」がつぶれてしまい役に立たない。そのためマジェランアイナメが属するノトセニア科の魚では浮き袋が退化しており、代わりに多量の脂肪を体内に蓄え、かつ骨格中のカルシウム成分を減らすことで遊泳に必要な浮力を得ているとのこと。確かに「麻斉崙鮎並(「マゼラン海峡」の「マゼラン」の漢字表記を無理矢理当ててみた)のマジェランアイナメ」にはあちこちに網目状構造があり、大きさの割には全体的に薄い骨という印象。エタノールが蒸発して完全に乾燥した後はほぼ透明になってしまった(ただし脆弱という訳ではない)。またこれまで紹介してきたどの「魚のサカナ」とも異なる正しく独特な形状で、「体長」(前後方向)が短く「体高」(上下方向)が非常に高い。強いて例えれば雄のシイラの頭部のような印象を与えるもの。


「麻斉崙鮎並のマジェランアイナメ」の肩甲骨の先端下部はかなり大きく湾曲する(写真上段左)。またこれまでに紹介した他の「魚のサカナ」では、確認できた限り全ての標本で射出骨を4個有していたが、この「麻斉崙鮎並のマジェランアイナメ」で確認できる射出骨は3個のみである(写真上段右)。念のため市販の「メロカマ西京漬」や「メロカマ照焼」(角上魚類日野店の総菜コーナーで購入)から計3個のマジェランアイナメの「魚のサカナ」を追加で摘出したが、どの標本でも射出骨(もしくはその一部)はやはり3個しかないことを確認(写真下段右)。またこれらの射出骨を外すと、位置的に第3(?)射出骨と重なってしまうために良く見えなかった烏口骨上方の『背鰭』部が細く直線的に伸びていることが分かる(写真下段左/下段右と同一の別標本)。

八王子綜合卸売協同組合の望月水産で購入(キロ1850円/0.73kg)。冷蔵庫で半解凍し、上記した通り照焼きに。「浮力を得るための脂肪を大量に蓄えている」というだけあって脂はたっぷり乗っている。口にするとほぐれて行くような身の食感(ただしギンダラほど柔らかく崩れない)も素晴らしく、身には旨味もある。なるほど人気が出るのも然もありなんと納得。胃腸が弱りつつある身ということで、一度に大量に食べないようにと自重したが、それでも箸がなかなか止まらなかった。非常に美味い。

ちなみに今回の店頭表示には「アラスカ産」との端書き付き。下に紹介した『銀むつクライシス』によれば、たった1匹とはいえ北半球のグリーンランド沖でマジェランアイナメが捕獲された記録がある(同書p.75参照)とのことだが、マジェラアイナメ(およびライギョダマシ)の通常の生息域は南半球の南極海や南東大西洋であることから考えて、この端書きは「勘違い」の可能性が高いと思われる。また本稿執筆のための検索中に、『銀むつ』と『銀だら』を混同して販売しているショップがあることを発見したが、『銀だら』は標準和名自体が「ギンダラ」(ちなみにカサゴ目の「アイナメ」などに近縁であると考えられている)で、本稿の「マジェランアイナメ」とは全く異なる魚である。

銀むつクライシス「カネを生む魚」の乱獲と壊れゆく海』(原題:"Hooked"/早川書房2008):南極海域における『銀むつ/Chilean sea bass』の「開発」の歴史、その乱獲による資源枯渇問題、マジェランアイナメ密漁船の捕物帳とその裁判の経緯などのドキュメント本。興味のある向きは一読を。


【注1】「メロ」として流通している魚肉の一部には、マジェランアイナメだけでなく、近縁のライギョダマシ(学名:Dissostichus mawsoni Norman、英名:Antarctic toothfish)が混じっている可能性もあるとのこと。カマ部分だけでは正確な同定が不可能である以上、本稿のタイトルは「Dissostichus 属の魚」などとすべきかも知れないが、筆者がマジェランアイナメライギョダマシを丸一匹(=同定可能な状態で)入手できる機会は将来的にもないと思われることから、本稿では最も可能性が高い「マジェランアイナメ」であるとした。また「ノトセニア」の部分は「ノトテニア」と表記されることもある。更にマジェランアイナメの分類を「スズキ目ナンキョクカジカ亜目ナンキョクカジカ科ライギョダマシ属」などとしているサイトもある(例えば水産庁•水研総合研究センターの"国際漁業資源の現況『70 マジェランアイナメ・ライギョダマシ』」など)が、筆者のような素人にはどちらが正しいのか判断できないので、本稿では「新訂原色魚類大圖鑑」の表記に合わせた。ちなみにライギョダマシは、体液中に不凍糖ペプチドを有するため、氷点下でも体の凍結を防止することができるが、マジェランアイナメは、不凍糖ペプチドを持たないため、1〜2℃未満の低水温域には生息しないとのこと。

【注2】JAS法で「銀むつ」という表示が禁止されたのは、ムツ類とは異なるマジェランアイナメを「銀むつ」と呼ぶことで『優良誤認』(例えば分類学上無関係であるにもかかわらず高級魚類に似せた名称を付して、あたかもその類縁種であるように誤認させること。水産庁が平成19年7月にまとめた「魚介類の名称のガイドラインについて」もご参照頂きたい)の恐れがあるからという理由だったはずだが、最近ではマジェランアイナメ自体が非常に高価で取引されており、仮に「銀むつ」と表示されていたとしても「実際のものよりも著しく優良であると示すもの」という定義に当てはまらなくなってきているようにも思われる。また「消費者に混乱をもたらしている」という観点からすれば、そもそもこの魚はカサゴ目の「アイナメ」とは遠縁であるため「マジェランアイナメ」という標準和名自体が適切でないことになってしまう気がするのだが、、、今やマジェランアイナメの方が本家のアイナメよりも高価だから問題なしということなのだろうか?ちなみに「メロ mero」とは、スペイン語で「ハタ類」の総称。マジェランアイナメが属するノトセニア亜目は、一般にスズキ目の中でゲンゲ亜目やワニギス亜目と近縁であると考えられており、ハタ類が属するスズキ目スズキ亜目とは遠縁である。そう言う意味で、実は「メロ」も問題になりそうな名前であると言える。更に付け加えるならば、最初に挙げた英名の一つである "Chilean sea bass" は、この魚の「開発」時にアメリカの市場に受けそうな名前として採用されたもの。マジェランアイナメは "Sea Bass" 即ちスズキ類とは全く分類が異なる魚であるため、アメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration/FDA)は "Patagonian toothfish" が正式名であると公式に表明しているそうだが、この名前は肝心な市場やレストラン業界などにはほとんど浸透していないとのこと。全くどこもかしこも、、、である。