新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

325: シロウオ

スズキ目ハゼ亜目ハゼ科ゴビオネルス亜科シロウオ属
学名:Leucopsarion petersii Hilgendorf
英名: Ice goby(「新訂原色魚類大圖鑑」および FishBase とも英名記載なし)

地方名ヒウオ(氷魚/茨城・徳島)、イサザ(北陸)、シラウオ(関西・広島)など。ただし「氷魚」は琵琶湖ではキュウリウオ目(もしくはサケ目)キュウリウオ亜目アユ科アユ属のアユ(鮎)の稚魚のことを指し、「イサザ」はスズキ目ハゼ亜目ハゼ科ウキゴリ属に属する琵琶湖固有種の淡水ハゼの1種であるイサザ(Gymnogobius isaza (Tanaka)/漢字では魦もしくは鱊) の標準和名、「シラウオ」はキュウリウオ目(もしくはサケ目)シラウオシラウオ属に属し、分類上本稿の魚とはかなり遠縁の標準和名シラウオ(白魚)との混称(ちなみに「シロウオ」と「シラウオ」の区別に関しては、「季節の風物詩 シロウオ」の「シロウオとシラウオ」というページがお勧め)、、、と非常に紛らわしい。本稿の標準和名シロウオは、スズキ目ハゼ亜目ハゼ科シロウオ属に属する、琵琶湖固有種ではない魚で、漢字表記は「素魚」とするのが一般的である(が、このシロウオを「白魚」と漢字表記している場合もあって、より混乱を招いているというのが実情)。

ということで、今回紹介するのは正真正銘ハゼ科シロウオ属のシロウオ(素魚)の「魚のサカナ」。佐賀県産の全長約4.5cmの個体から摘出した左右の射出骨付き標本だが、最長部で約2mmしかない薄く脆弱な骨であったために、その摘出時には実体顕微鏡を使用した。「素魚のシロウオ」は、これまでに紹介してきたハゼ亜目の「魚のサカナ」と、背縁が丸い巨大な4つの射出骨の下側に非常に薄い肩甲骨が貼り付いているという特徴を共有しているが、1)射出骨の高さが非常に高く『大福餅』のような形状であること、2)肩甲骨/烏口骨部の骨化の程度が低い(もしくは全く骨化していない?)こと、3)烏口骨の『背鰭』および『嘴』部があまり伸びないために、比較的単純な『楔』のような形状であることなど、幾つか独特な点がある。写真右は別の個体から摘出した標本。摘出直後は肩甲骨孔も観察できたが、肩甲骨がすぐに乾燥して縮んでしまうため、写真では観察不可能になっている。「素魚のシロウオ」は全体的に『幼稚』な印象を与えるものだが、実際シロウオは「幼形成熟性」であると考えられている魚の1種である【参考】

シロウオの耳石は少し歪んだ円形。長いところで約0.7mm。



ハゼ科の魚は種の数が多く、また本稿のシロウオの様にサイズ的にも小型の種を多く含む。そのため、その同定は困難を伴うことも多いが、シロウオの外形態はハゼ科の中では独特なもので、またシロウオ属は世界中でも本種1種のみということで、細かな形質を確認しなくても同定は比較的容易。また英名の「Ice goby;氷のハゼ」の通り体はほぼ透明なので、下の皿の模様などが透けて見えるのも大きな特徴(写真下段右)。体の中央部に見える丸い部分は、透けて見えている浮袋である。念のため「日本産魚類検索 第2版」の同定の『鍵』を辿り、1)体側に側線がない、2)下顎先端が円錐状に突出しない(写真中段左)、3)背鰭は一基で、基底は短い(写真中段右)、4)尾柄部は極端に細くならない、5)背鰭起点は体の後半にある(写真中段右/緑丸が体の中央付近に透けて見える「浮袋」)、6)眼は側面にあり大きい(写真中段左)、7)体は著しく細長い、8)背鰭基部(写真中段右の赤線)は臀鰭起部(同青線)より後方にある、9)背鰭基底長は臀鰭基底長より明らかに短い、10)胸鰭は13軟条(写真下段左)、11)臀鰭は18軟条(特に後部の軟条は計数が難しいため「恐らく」)、12)体長は比較的大きく4cm前後、13)佐賀産などの形質/産地などを確認した。ちなみに、上の生体写真は個体や雌雄を選ばずに撮影したもの、即ち「同一個体」のものではない。シロウオは死ぬと直ぐに体が白濁してしまうために今回はこのような措置を取らざるを得なかったが、同時に形質を詳しく調べ標本を摘出した個体ではない可能性が非常に高いことを意味する。ご容赦頂きたい。

環境省が作成した汽水・淡水魚類レッドデータブックの2007年改訂版では、シロウオは「絶滅危惧II類(VU)」として掲載されている。その他に各道府県レッドリストでも絶滅危惧種として掲載されており、その内、高知、徳島、兵庫、静岡、山形の5県では「絶滅危惧I類(絶滅寸前種)」に指定されている(日本のレッドデータ検索システム「シロウオ」を参照)。ちなみに今回の魚の産地である佐賀県では「準絶滅危惧種」となっている。

佐賀県にある天保9(1838)年創業の老舗川魚料理店「飴源」が出荷した活けもの(酸素パック詰め)を角上魚類日野店で購入(当日は1パック650円/パックの表示は「白魚(しろうお)」)。まずはだし汁を沸騰させたところに、きれいな水の中でしばらく泳がせたシロウオと溶き玉子を一気に入れて「卵とじ」に。シラウオの「卵とじ」とは明らかに違うが、決して嫌みでない風味を感じる。上品な旨味もあって美味い(ただ量/値段のことを考えると、かなり贅沢な玉子とじであるとは思う)。次は春の風物詩である「踊り食い」で。ただ、シロウオは河川に入る魚であり、寄生虫を持っている可能性は否定できない【注】ので、「踊り食い」を含め生食する場合は自己責任で(万が一の場合でも当方は一切責任は持ちません)。ということで、自己責任で行った「踊り食い」だが、そのまま丸呑みする一般的な方法と、口の中で咀嚼する方法がある。今回は2倍に薄めたポン酢にシロウオを数匹入れ、少し弱ってからポン酢ごと口の中で咀嚼する方法に挑戦。初めの内はプリプリと弾力のある食感をポン酢の味でただ楽しむといった感じだが、咀嚼していると上品な甘味と旨味が立ち上がってくる。個人的には丸呑みする方法より好みで、なかなか美味いと思った次第。ちなみにその後の腹の調子は全く問題なかったことを書き添えておく。


【注】ネット検索すると、シロウオが「横川吸虫の中間宿主であることが知られている」と様々なサイトに書かれている。そこで「シロウオの寄生虫」に関して調べようと色々検索すると、横川吸虫と「シラウオ」の関係に言及し、「シラウオ」の生食(「踊り食い」含む)に対して警鐘を鳴らしている「公共」の(=各都道府県の)ページは幾つも見つかる(例えば:埼玉県ホームページ「シラウオの生食による寄生虫感染症のお話」、東京都感染症情報センター「都内流通シラウオからの横川吸虫( Metagonimus yokogawai )メタセルカリアの検出状況について(第22巻、6号)2001年6月」、東京都福祉保健局 食品衛生の窓「横川吸虫(Metagonimus yokogawai)吸虫類」など)のだが、「シロウオの寄生虫」に関して詳解した「公共」のサイトは筆者が調べた限り見つからなかった。もしかしたら「シロウオが横川吸虫の中間宿主である」という情報も、実際は「シラウオ」と「シロウオ」を単純に混同しているだけなのだろうか?ただし上述した通り、シロウオは河川に上る魚なので、寄生虫を持っていてもおかしくないのも事実である。もし「シロウオの寄生虫」に詳しいサイト/資料をご存知の方がいらっしゃったら是非ともご教授下さい。


【参考】下の論文によると、シロウオは 1)小さな腹鰭と浮袋のある透明な体を持つこと、2)成魚になっても鱗がないこと、3)消化管が成魚になっても直線状で胃腺は形成されないことなど、外部および内部形態の両方で、一般のハゼ類においては稚魚においてのみ見られる特徴を示すことから「幼形成熟」的であるとのこと。更に混乱を増長させるような話で恐縮だが、実は「シラウオ」も「幼形成熟」的な魚である。
Harada, Y., Harada, S., Kinoshita, I., Tanaka, M., and Tagawa, M.. Thyroid Gland Development in a Neotenic Goby (Ice Goby, Leucopsarion petersii) and a Common Goby (Ukigori, Gymnogobius urotaenia) during Early Life Stages. Zoological Science 20:883-888 (2003)(PDFのダウンロードはこちらから)。