新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

336: ホソトビウオ

ダツ目トビウオ亜目トビウオ上科トビウオ科ハマトビウオ属
学名:Cypselurus hiraii Abe
英名:Darkedged-wing flyingfish [原]

地方名アゴ(主にツクシトビウオとの混称)、マルトビ(丸トビ)/マルアゴ(丸アゴ)/小目(山陰地方)、ニュウバイトビ(入梅トビ)など。パーチに印刷された情報によれば福井県大飯郡にある高浜漁港産の全長約26cmの雌個体(発達中の小さな卵巣あり)から摘出した左右の標本。射出骨付き。写真右は、写真左の左側の標本を反対側から観察。標本の調製中に烏口骨『嘴』部の背縁が少々破損してしまった。「細飛魚のホソトビウオ」は、予想通りこれまで摘出してきたトビウオ科の「魚のサカナ」と基本形状を共有しているが、全体的にかなり細い(『体高』が低くて横に長い)ことが最大の特徴。烏口骨下縁は曲線状(多少の凸凹はあるが)に湾入し、烏口骨上縁はほぼ直線的な部分から『嘴』先端に向かってなだらかに下りてくる。射出骨と『背鰭』の作る隆起はなだらかで、お椀を伏せたような形。肩甲骨孔は細い楕円形である。



日本近海には何と30種以上のトビウオ科の魚が生息しているが、その見分けには各鰭の模様や軟条数、鰭条の分枝パターン、側線鱗数、更には魚体から取り出さないと計数できない第1鰓弓の鰓耙数などが重要な『鍵』となっていることが少なくないため、この科の魚種の同定は実はかなりの厄介もの。また少なくとも関東の市場では、ハマトビウオが春先に、ツクシトビウオとホソトビウオ(本稿)が春から初夏にかけて、標準和名のトビウオが盛夏から秋にかけてと、主要トビウオ類4種が入荷する時期がほぼ決まっているので、流通する時期を逃すと約1年先まで欲しい種が手に入らない。更に同時期に出回るホソトビウオとツクシトビウオは、そもそも外形態が非常に似通っている上に、分別されずにまとめて出荷されることも多い(実際今回もトロ箱の中で両種が混在していた)ため、慣れていない場合にはその見分けは本当に難しい。

ということで今回も「日本産魚類検索 全種の同定 第2版」の同定の『鍵』を慎重に辿り、1)胸鰭が長く、その先端(写真中段右に緑線)が臀鰭後端(同赤線)を越える(この写真側の胸鰭先端は擦り切れて短くなっているため実際には越えていないが、反対側の胸鰭先端は臀鰭後端を越えていることを確認)、2)側線に胸部分枝がない、3)腹鰭の先端(写真中段右青線)が臀鰭起部(同黄線)を越える、4)臀鰭起部(写真中段右の黄線)が背鰭第3軟条のはるかに後方にある、5)背鰭は12軟条、臀鰭は10軟条、6)胸鰭の上から1軟条のみが不分枝(写真下段左)、7)胸鰭鰭膜に明瞭な斑点なし(写真下段左)、8)背鰭に顕著な黒色域なし(写真中段右)、9)側線鱗数が51(恐らく)、10)背鰭前方鱗数が34、11)下顎は上顎より前に突出しない(写真中段左)、12)胸鰭中央部に透明の斜走帯がない(写真下段左)、13)胸鰭の先端を含めた縁辺には狭い透明帯がある(ように見える/写真下段左)、14)第1鰓弓下枝の鰓耙数は20(写真下段右)などの形質からホソトビウオであると判断した。

ちなみに良く似たツクシトビウオとは形質13および14(ツクシトビウオの胸鰭先端には透明帯がなく、第1鰓弓下枝の鰓耙数は16~17)で見分けられるが、胸鰭の鰭膜は漁獲時に破れたり摺れたりしてしまう事も多く、また実際問題として鮮魚店などの店頭で第1鰓弓の鰓耙数を計測するのはまず不可能。下の【参考】で詳解するが、両種を外側から見分ける時にもっとも確実な形質は恐らく『腹鰭の位置』で、『新訂原色魚類大圖鑑』のホソトビウオの項にも記載されているように「腹鰭起部は鰓蓋後端より尾鰭下葉の付け根に近い」(ちなみにツクシトビウオの項では「腹鰭はやや前方にある」)ことではないかと思われる。

2012年7月に八王子総合卸売センター内、高野水産で購入(当日は150円/匹)。この個体の重さは0.15kg。今回入手したのは1匹だけだったので、開いたものを塩焼きにして、同時に購入したツクシトビウオの雄個体(下の【参考】で比較しているもの)、抱卵したツクシトビウオの雌個体と食べ比べ。結果は家族3人とも同意見で、旨味や身のしっとり感からホソトビウオの勝ち。ツクシトビウオも美味いのだが、ホソトビウオと比べると身が多少パサつき、旨味もホソトビウオと比べるとやや少なく感じた。勿論今回食べ比べた各1個体の場合は、、、という話なので誤解なきよう。

長崎県産の「あご煮干し」パックの中で見つけたホソトビウオと考えられる個体。写真左の赤線は腹鰭起部を示す。2012年7月に御徒町の吉池で購入(当日はキロ5,000円)。

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【参考】ホソトビウオとツクシトビウオの見分け方

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上記したようにホソトビウオとツクシトビウオの外形態は大変似ており、筆者自身も両種を何とか判別できるようになるまでにかなりの時間を要した。以下に本稿のホソトビウオと、同じ日に同じトロ箱の中から拾い上げたツクシトビウオを比較して、両種を見分けるためにチェックすべきポイントを説明する。ちなみに今回比較したホソトビウオ/ツクシトビウオの尾叉長は、前者が21.8cm、後者が23.5cmであった。


上: ホソトビウオ、下: ツクシトビウオ(下の2枚も同じ)

上の写真からも分かる通り、パッと見でホソトビウオの方が『小顔』な印象を与える。山陰地方ではホソトビウオを「小目」、ツクシトビウオを「大目」と呼んでいるが、このように両種を並べて比較すれば確かに納得。ただしどちらか1種のみで比較ができない場合、顔や眼の絶対的な大きさから種を判定するのはなかなか難しい。

本文中でも述べたように、ホソトビウオとツクシトビウオを外見で見分ける時にもっとも役に立つのは『腹鰭の位置』であろうと筆者は考えている。今回の両個体とも吻端から腹鰭起部まで(緑〜赤線間)はほぼ同じ長さ(およそ13cm)であったが、腹鰭起部から尾鰭湾入部中央まで(緑〜青線間)の長さはホソトビウオで9.0cm、ツクシトビウオで10.8cmと大きく異なる。つまりホソトビウオの方が「体のより後側に腹鰭がある(=腹鰭が後位)」こととなり、またそのせいかホソトビウオの体形は「寸詰まり」に見える。

例えば、腹鰭起部から尾鰭下葉の腹側の付け根(写真の青線ではなく、もう少し左になるのでご注意)までの長さを指先で測り、そのまま臀鰭起部の前方にずらすようにすると、ホソトビウオでは胸鰭付け根の最後部(腹/下側)に届くか届かないか程度(要するに腹鰭起部が尾鰭に近い)であるのに対し、ツクシトビウオでは胸鰭付け根の最前部(背/上側)まで、あるいはそれを越えて鰓蓋付近まで到達するほど長い(腹鰭起部が尾鰭から遠く、鰓蓋により近い)ので、鮮魚店の店頭などでもどうにか見分ける事ができるはず。

ホソトビウオの腹部は比較的柔らかで全体的に丸まっている印象だが、ツクシトビウオでは腹部の側線あたりの筋肉がしっかりしているために腹部下面が細く平面状になる。これらはトロ箱の中で魚体に触っただけで違いが感じられる部分。ただし、抱卵したツクシトビウオの腹はかなり丸くなるので、ホソトビウオとの区別が難しい。


以下の表は両種の各部分を更に細かく比較したもの。

ホソトビウオ
ツクシトビウオ
頭部(横面)
頭部(正面)
頭部(下面)
胸鰭(背面)
第1鰓弓下枝鰓耙

ホソトビウオの頭部背縁は、ツクシトビウオのそれに比べると先端方向に向かってより急に下がるような印象(写真1段目左右/特に眼の前縁あたりから顕著である)。ホソトビウオの吻端は多少丸く見える。正面から見ると、山陰の地方名通り「丸トビ」ことホソトビウオでは丸く、「角トビ」ことツクシトビウオでは三角に角張って見える(写真2段目左右)。特に頭頂部の違い(平たい部分の広さ)は比較的分かりやすいはず。口の大きさはホソトビウオの方が小さめ。頭部を腹側から見るとツクシトビウオの方がよりほっそりした印象を与える(写真3段目左右)。峡部はホソトビウオの方がより深く切れ込んでいるように見える。胸鰭周縁および先端部の透明帯を区別するのはなかなか難しいが、今回の2個体ではホソトビウオの鰓膜の方が全体的により暗いように思われた(写真4段目左右/ただしこれらの写真では少々分かりにくい)。「日本産魚類検索」の『鍵』の1つである第1鰓弓の下枝鰓耙数は、計測さえ厭わなければ両種を確実に見分けられるポイントであり、今回のホソトビウオでは本文中にも書いた通り20(上枝鰓耙数は6)、ツクシトビウオでは16(上枝鰓耙数は5)であった。


最後に「魚のサカナ」を比較。【写真左】上で比較したホソトビウオ/ツクシトビウオの個体から摘出した「魚のサカナ」。上段がツクシトビウオの、下段がホソトビウオのもの。【写真右】本図鑑の開設当初(「31: ツクシトビウオ / ホソトビウオ(未同定)」としていた頃)から掲載していた、ダシ用の煮干し(「あごだし」)から摘出した「魚のサカナ」の写真。当時の筆者の眼力では煮干しになった両魚種の同定はできなかったが、標本の形が上下でかなり違ったことからホソトビウオ/ツクシトビウオの2種類から取り出したのではないかと考えていたもの。この予想はどうやら正解だったようで、左の写真と比較すると上段がホソトビウオの、下段がツクシトビウオの「魚のサカナ」であったと考えて問題なさそうである。


【注】本図鑑の開設当初からエントリー#31を「ツクシトビウオ / ホソトビウオ(未同定)」としていたが、同定を終えた両種の「魚のサカナ」の標本が入手できたことから、本エントリーで「336: ホソトビウオ」を新規登録扱いとし、同時にエントリー#31を「31: ツクシトビウオ」に変更した。