新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

341: ムツゴロウ

スズキ目ハゼ亜目ハゼ科オキスデルシス亜科ムツゴロウ属
学名:Boleophthalmus pectinirostris (Linnaeus)
英名: Bluespotted mud hopper [原]

有明の地方名でむつ、むっとう、ほんむつ。福岡県柳川市有明海)産の全長約18cmの活け〆個体から摘出した左右の「魚のサカナ」。射出骨付き。写真右は、写真左の右側の標本を反対側から観察したもの。「鯥五郎のムツゴロウ(むつは魚扁に陸の右側)」では、これまでに紹介した全てのハゼ科の「魚のサカナ」でも見られたように、軟骨質で薄い肩甲骨が巨大な射出骨の下に貼り付いている。ただし「魚のサカナ」全体を見るとハゼ科のものの中では独特と言える形状であり、特に各射出骨間の接触面が小さく(=間隙の孔が比較的大きく)、それぞれの骨が独立しているように見えることは大きな特徴。またゴビオネルス亜科の「魚のサカナ」との明らかな相違点として、第1射出骨の前縁が丸いことが挙げられる。

「魚のサカナ」前縁部を拡大して観察。肩甲骨孔(赤丸)はスリット型。

「鯥五郎のムツゴロウ」の第4射出骨の後部表面(赤矢印)と烏口骨の『背鰭』部分の上部(青矢印)は、「魚のサカナ」の作る平面から垂直方向に立ち上がり、両者の間が『溝』のようになっている。



英名の通り、灰色がかった濃緑色の体や鰭に鮮明な水色の小点が散在するという独特の体色からもムツゴロウであることはほぼ確実な個体であったが、念のため「日本産魚類検索」の『同定の鍵』を確認。1)体側に側線はない、2)下顎先端は円錐状に突出しない(写真中段左/下段左)、3)背鰭は2基、4)第1背鰭棘数は5(写真中段右)、6)頬に横列皮褶がない、7)眼下に眼を収納するくぼみがある(写真中段左)、8)下眼瞼がある(写真中段左の赤矢印)、9)第1背鰭の幅は広い(写真中段右)、10)下顎に髭がない(写真下段左)などの形質からムツゴロウであると判断した。

ムツゴロウの左右の胸鰭は融合し吸盤を形成する。

『新訂原色魚類大圖鑑』にも記載されているように、ムツゴロウの下顎縫合部の外側に1対の犬歯がある(写真上左の赤丸)。また下顎の縁には、先端が扁平な歯が外向きに数多く並ぶ(写真上右は標本にした上下の顎)。ムツゴロウは、泥の表面に口を押し付けてイヤイヤするように頭を左右に大きく振り、この歯で主食となる泥の上に繁殖した珪藻などを削り取って食べている(NHKのサイトにある動画「ひがたにすむ生き物 ムツゴロウ」を参照)。

ムツゴロウの胸鰭の力は強く、トロ箱の蓋の上を「歩いて」移動することも可能であった。

ムツゴロウは、日本では『有明海特産』とされることが多いが、実際は隣接する八代海にも分布するとのこと。どちらにしても干拓などの「開発」にともなう生息環境悪化により近年は生息数が激減しており、環境省が作成した汽水・淡水魚類レッドデータブックの2007年改訂版では絶滅危惧IB類(EN)として掲載され、また福岡県と熊本県では絶滅危惧II類(VU)に、長崎県では絶滅危惧IB類(EN)に指定されている(日本のレッドデータ検索システム「ムツゴロウ」を参照)。佐賀県ではRDBカテゴリの指定はないようだが、小城市の芦刈海岸を保護区(=禁漁区)に指定し、また芦刈海岸以外の地域でも5月は禁漁期で、それ以外の時期でも全長10cm以下の個体は捕獲が禁じられているとのこと。またこのような努力のおかげで近年はムツゴロウ資源は増加傾向にあるとか(MSN産経フォトニュース 2010年8月『絶滅危惧種は「特産品」 ―有明海のムツゴロウ』参照)。ただし、1)隣接県には禁漁区も禁漁期もないため漁業者が自県(佐賀県)の禁漁期には他県の干潟で漁獲していること、2)ムツゴロウの産卵盛期は、禁漁期として設定された5月ではなくて6月であることなどから、保護目的の規制の効果はあまり上がっていないという正反対の意見もある(魚類学雑誌 2011年11月 シリーズ・Series 日本の希少魚類の現状と課題「有明海の魚類の現状と保全」参照/こちらからPDFファイルがダウンロード可能)。

2012年7月に福岡県柳川市の「夜明茶屋」から『活け』で取り寄せたもの(200円/匹)。クール便の中で仮死状態で到着したが、温度が上がったら蘇生し、また料理の時には落とされた頭と胸鰭だけでぴょこぴょこ動いたりと、実際のところ「驚きの生命力」。また3枚に下ろすとワラスボ同様に身の色が赤い(写真下)。

今回は刺身(汽水域に入る魚なので寄生虫の恐れはゼロではない。生食する場合は自己責任で)と煮付けに。刺身はブリブリしており、一噛みしただけで脂が乗っていることが分かるほど。口の中で咀嚼していると、奥の方からかすかな旨味が立ち上ってくる。〆てからあまり時間が経っていなかったので、もしかしたら旨味がまだあまり出てきていなかった可能性も?ただ少なくとも「泥臭さ」のようなものは感じなかった。煮付けを口にすると、煮汁のものとは異なる確かな旨味と風味を感じる。身離れは決して良いとはいえないが、皮のトロトロした食感も良く、こちらはかなり美味い。

ちなみに煮付けにすると顔の皮が縮んで歯が剥き出しになり(写真上左右)、まるでとろける『巨○兵』のような、より一層グロテスクな風貌になってしまう。



【参考】共立出版から出版されている「研究者が教える動物飼育 第3巻―ウニ,ナマコから脊椎動物へ―」という書籍には、何と「ムツゴロウの飼育方法」が掲載されている。もしチャンスがあれば筆者も一度飼育してみたいものだが、、、