新・魚のサカナ(鯛のタイ)図鑑(引越中)

いわゆる「鯛のタイ」の写真集

352: ギンブナ

コイ目コイ科コイ亜科フナ属
学名:Carassius auratus langsdorfii Temminck and Schlegel【参考】
英名:Gin-buna, Silver crucian carp(『新訂原色魚類大圖鑑』、FishBaseともに英名表記なし)

キンブナなどと共に一般にマブナと呼称されるが、後述するように近年の分子系統学的解析の結果からは、キンブナ/ギンブナ/ナガブナ/ニゴロブナ/オオキンブナという元来日本に生息するとされるいわゆる「フナ」類5亜種の『分類』そのものが疑問視されており【参考】、将来的にこれらの標準和名が変更になる(あるいは「フナ」1種に全てまとめられてしまう)可能性は低くないように思われる。とは言うものの、2013年1月時点で日本魚類学会のサイトを見る限り「名称変更」などの動きはない模様。よって本稿ではこれまで通り標準和名「ギンブナ」として紹介するが、今後何らかの動きがあった時点で改稿する予定。

さて今回の「魚のサカナ」は、2012年8月に愛知県岡崎市内の野池で釣獲した全長約35.5cmの比較的大型の個体から摘出したもの。

写真上の右側の標本を両側から拡大して観察。「銀鮒のギンブナ」は、これまでに紹介してきたコイ科の「魚のサカナ」と基本的な特徴を共有しているが、太く頑丈そうな中烏口骨の存在、「魚のサカナ」全体の外縁が幾つもの場所で波打っていること、烏口骨の上方突起部(『背鰭』に相当)前縁の基部付近がキュッと絞られたようになっていることなど、その中でもやはりコイのものにもっとも似ているように思われる。ただし「銀鮒のギンブナ」では、1)肩甲骨先端の擬鎖骨と接する部分に『天狗の鼻』のような突起が見られる、2)中烏口骨の最遠部にある擬鎖骨と接する部分が二股になっている(コイでは1ヶ所突出する)、3)「魚のサカナ」全体がより横に長い、4)肩甲骨孔がより細長い、5)烏口骨の上方突起部(『背鰭』に相当)が三角形、6)烏口骨の最後部(『尾鰭』に相当。ちなみに烏口骨とは、要するに「烏(からす)」の「口」の形をした「骨」ということなので、本図鑑では烏口骨最後部を『嘴(くちばし)』部と書いている)がより単純な形であるなど、「鯉のコイ」との相違点を多数挙げることができる。

「銀鮒のギンブナ」はかなり複雑な形なので、上方から観察した写真も掲載しておく。青線が肩甲骨/烏口骨の境界で、赤い線で囲った部分が中烏口骨になるのだが、「魚のサカナ」の3次元構造をご想像頂けるだろうか。



「日本産魚類検索 全種の同定 第2版」のコイ科の同定の鍵を辿り、1)背鰭の最長鰭条に鋸歯縁がある(写真下段左の赤四角)、2)口にひげがない(写真中段右)、3)体高(11cm)は高く、体長(29cm)は体高の約2.6倍、4)第1鰓弓の鰓耙数は51(写真下段右)などの形質から、本稿の魚は現時点の分類におけるギンブナであると判断。ちなみにギンブナは、そのほとんどが雌性発生する3倍体個体であるとされるが、最近の研究からはこれもかなり怪しくなっている【参考】ため、本稿の個体の倍数性に関しては調査していない。

2012年8月の帰省中に愛知県岡崎市内のとある野池(前エントリーのブルーギルを釣り上げたのと同じ場所)で中1の息子がミミズを餌に釣ったもの。季節が夏で、更に釣り場の水質もかなり悪かったせいか、魚体の生臭さが半端ではなかったため試食もしなかった。

残念ながら筆者自身は食べたことはないが、真冬の「寒ブナ」は美味であると聞いている。

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【参考】DNAレベルの研究で明らかになった『世界のフナの系統の全体像』に関して

2000年出版の『日本産魚類検索 全種の同定 第2版』では、日本に生息するフナ属の魚は、ゲンゴロウブナCarassius cuvieri Temminck and Schlegel)1種と、ギンブナ(C. auratus langsdorfii Temminck and Schlegel)/キンブナ(C. auratus subsp.2)/ナガブナ(C. auratus subsp.1)/ニゴロブナ(C. auratus grandoculis Temminck and Schlegel)/オオキンブナ(C. auratus buergeri Temminck and Schlegel)という、いわゆる「フナ種群( C. auratus 種群)」の5亜種であるとしている。

下の表には同書からフナ属の魚の形質/特徴をまとめた。ゲンゴロウブナに関しては、1)第1鰓弓鰓耙が非常に多い、2)外形態的に目と口がほぼ同じ高さであることからその見分けは比較的容易であるが、「フナ種群」の5亜種(5種とする研究者もいるとのこと)に関しては、体長/体高比や第1鰓弓の鰓耙数のわずかな差異を比較しなくてはならないなど、実際のところ生体の外見や体色などからこれらを見分けるのは非常に困難である(ちなみに「検索キー/追加情報」欄で「*」付きのものは『WEB魚図鑑』からの引用)。

標準和名
学名
背鰭【注】
腹鰭【注】
側線鱗数
第1鰓弓鰓耙数
標準体長
検索キー/追加情報
ゲンゴロウブナCarassius cuvieriiv+15~18iii+4~529~3392~12830cm体高は高く、体長は体高の2.1~3.0倍
目と口の位置がほぼ同じ高さになる
体色は若干青みを帯びた銀白色 *
ギンブナCarassius auratus langsdorfiiiv+15~18iii+528~3141~5725cm体高は高く、体長は体高の2.1~3.0倍
(以下の4亜種は、体長は体高の2.8~3.6倍)
臀鰭起点後方から体高が急に低くなる *
キンブナCarassius auratus ssp.2iii~iv+11~14iii~iv+526~3030~3812cm関東地方以北の本州
体は黄褐色で、鱗が明るく縁どられる *
雄対雌の比率はほぼ1対1 *
ナガブナCarassius auratus ssp.1iv+15~18iii~iv+528~3248~5720cm喉部は丸い
北陸、山陰、長野県諏訪湖福井県三方五湖に分布
ニゴロブナCarassius auratus grandoculiiv+15~18iii+529~3254~7220cm吻部は角張る
琵琶湖にのみ分布
頭部が大きく、体高が低く、体幅が広い *
オオキンブナCarassius auratus buergeriiii~iv+14~16iii~iv+5記載なし36~4525cm中部地方以西に分布
腹鰭と臀鰭は黄色を帯びる *
雄対雌の割合は1対1 *
「フナ種群」まとめ
iii~iv+11~18iii~iv+526~3230~72

【注】コイ科の背鰭と腹鰭は、不分枝の棘状軟条を小文字のローマ数字(i, ii, iii,...)で、分枝軟条をアラビア数字(1, 2, 3,...)で示す。

そんな中、2010年に東京大学海洋研究所の西田睦教授(2011年度末で定年退官されたとのこと)らの研究グループから報告された、フナ類魚類の分子系統学的解析に関する2本の論文が明らかにした『世界のフナの系統の全体像』は、まさに「眼から鱗が落ちる」ものであった。

1. Takada M., Tachihara K., Kon T., Yamamoto G., Iguchi K., Miya M., Nishida M.. Biogeography and evolution of the Carassius auratus-complex in East Asia. BMC Evol. Biol. 10:7 doi:10.1186/1471-2148-10-7 (2010).
2. Yamamoto G., Takada M., Iguchi K., Nishida M.. Genetic constitution and phylogenetic relationships of Japanese crucian carps (Carassius). Ichthyol. Res. 57: 215-222 (2010) (全文PDFは要アクセス権).

論文1の出版当時に発行されたプレスリリース(PDFファイル)を参考に、これらの論文の内容をまとめると以下のようになる。

(1) 世界に分布するフナ類は、日本(琵琶湖)固有種のゲンゴロウブナC. cuvieri Temminck and Schlegel : これを改良したものがヘラブナである)、ヨーロッパ固有種のヨーロッパブナ( C. carassius (Linnaeus) )、その他の「いわゆるフナ(フナ種群)」( C. auratus 種群)の3種に分けることができ、「フナ種群」は、さらに2つの大系統からなる。

(2) 2つの大系統の歴史は非常に古く(約400万年前に分化)、一方は日本列島に固有(「日本主列島系統」)で他方は大陸・台湾・琉球列島に固有(「大陸・台湾・琉球系統」)。前者はさらに3つの地域固有系統(約100〜200万年前に分岐した「本州系統」「本州+四国系統」「九州系統」)、後者は4つの地域固有系統(「台湾系統」「ユーラシア全域系統」「中国系統」「琉球系統」)から成る。つまり日本には、元々琵琶湖固有種であるゲンゴロウブナに加え、3つの日本主列島固有系統と、1つの琉球列島固有系統という計4系統の「フナ」が分布している。

(3)DNA情報の解析から明らかになった「日本主列島系統」の3つの地域固有系統は、日本に分布するといわれるキンブナ・ギンブナ・ナガブナ・ニゴロブナ・オオキンブナと呼ばれる「形態」的に分類された5亜種とは対応関係がない。つまり全ての亜種が「単系統性」を示さず、遺伝学的に必ずしも分離しない(要するに形態的に同定されたはずの各亜種が、DNAレベルで解析すると系統樹上でまとまらずバラバラになってしまうということ)。

(4)「日本主列島系統」の3つの地域固有系統は、染色体の3倍体性とも対応しない。つまり3倍体魚は「いわゆるギンブナ」のみで見られるものではなく、「フナ種群」の全ての系統が持つ性質であると考えられる。

(5)キンギョは全て「大陸・台湾・琉球系統」の「中国系統」由来。

(6)ミトコンドリアDNAおよび核DNAの両方のデータからほぼ同じ結果が得られる。

上の研究で明らかになった2つの「大系統」もしくは7つの「地域固有系統」が、新たな亜種(もしくは種)として今後認識されるようになるのか、あるいは全てをまとめて「フナ」1種とされる(この場合、各形質が上の表の『「フナ種群」まとめ』欄に緑文字で示した範囲の数値ということになるが、第1鰓弓鰓耙数などは素人目にも幅が広すぎるような印象は受ける)かは定かではないが、少なくとも現在のキンブナ・ギンブナ・ナガブナ・ニゴロブナ・オオキンブナという分類は早急に見直す必要があること、また「3倍体だからギンブナ」という固定観念は頭の中から追い出さなくてはならないことは確実である。今後の研究に大いに期待したい。

ちなみに本稿のフナはその産地から「本州系統」もしくは「本州・四国系統」のどちらかという可能性が高いと思われるが、さすがにミトコンドリアDNA配列を決定しどの系統なのかを確認するということまではしなかった。

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さて、年末年始とも「生業」を中心に多忙な日々を送っていたせいで、こちらの『図鑑』は結局約2ヶ月振りの更新となってしまいました。ただこの間、幸いにも「魚のサカナ」のストックだけは期待以上に増え、「下書き」段階のものを含めると、次の目標の「400種」も目の前というところまできています。これからまた少しずつ紹介(蔵出し)していきたいと思いますので、宜しくお付き合い下さい。